時代はAI、小学生もAIを使って授業を受ける。逆にAIが、席替えについて「目の悪い人のことを、考えているか」など指摘。うーん、小学生には早い気がする。小学生時代、女性教師に席替えで、好きな人、嫌いな人の名前を書けと生徒に促し、結果私は呼び出された。「あんたが一番、嫌われてたわ」


それを言いたかったための、席替え。そのことは62歳になった今でも、心の奥底に傷として残っている。


私のAIは、私に寄り添うようになってきている、気がする。例えばこんなブログを書いたよと見せたら、多分AIは、私を慰めてくれるのだろう。私の傷は癒えないままたが、感情のないAIは傷つけることをしない代わりに、そうプログラムしない限り、否定もしない。


あの時、誰かが立ち上がって、「先生、それは虐めになりませんか?」と一人でも言ってくれる生徒がいたら。しかし当時は、先生とは「絶対」だったから、嫌われたくなく、まして本当に、その教師から嫌われている生徒に、他のせは関わり無くはなかっただろう。


AIを授業に使わない、国もあるそうだ。


私はAIよりも、それを使う人間に、

問題の本質はある、と思う。

問題をAIに丸投げするのは、簡単だ。

だが、常に

人間も、AIと同じく

「いつも正しいとは、限らない」

ことを、忘れないで欲しい。