西宮神社、廣田神社に続き
越木岩(こしきいわ)神社へ。
パワースポット好き
磐座(いわくら)好きな方には
知られた神社なのではないかと思います。
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幸せの波動と
光のエネルギーを使って
曼荼羅アートと龍を描き
本来のあなたを取り戻し
あなた自身に繋がる後押しをする
晃世(あきよ)です。
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かねてよりお伝えしていたとおり2月から
ショップの作品の整理をします。
そのため、現在はポストカードや
雑貨のみ、ショップで販売しています。
少しずつ作品をショップに戻していきますね。
公共交通機関を使うなら
阪急「苦楽園口」からになるのですが
私は車なので駐車場へ停めてから参拝。
基本、神社では手水舎は1ヶ所のところが
ほとんどだと思いますが、
こちらは両サイドに手水舎があります。
本殿です。
御祭神は蛭子大神です。
もともとは大国主西神社として
大国主様が祀られていたようですが
明暦二年(西暦1656年に円満寺の教順僧侶が
西宮神社より蛭子大神を勧請し、
現在は蛭子大神が御祭神となったようです。
さて、越木岩神社にお参りするなら
やっぱり甑岩(こしきいわ)に
行かないとですよね。
本殿の左側に
甑岩に通じる道があります。
大国主西神社
推古天皇の時代(599年)に
『日本書記』に日本最古の地震として記録される
“推古地震が起きました。
建造物が悉く倒壊し、推古天皇は
飛鳥からみて四方、
東西南北に地震の神である
大国主を祀らせます。
その中の一社が甑岩神社であろうと言われています。
岩社(市杵嶋姫命)
相変わらず写真が残念ですみません。
曇っていて綺麗に撮れなかったんですよ(言い訳)。
背後に甑岩があります。
六甲山神社(菊理姫命)
遥拝所
伊勢神宮遥拝所です
甑岩
甑岩にはこんなお話があります。
大阪城築城の際、
あるお殿様がこの甑岩に目を付けました。
あんな大きな石なら、城の石垣にすれば、
さぞ見事なものであろう。
是非もっていって、手柄にしたい。 早速切り出せ。
それを聞いた甑岩の村の人たちは
この岩は昔から白い龍が住み着いている
神さまの岩だ。
これを割って、ここから運び出すようなことをすれば
どんなたたりがあるやもしれん。お願いです。
おやめ下さい。
と必死になって止めました。
しかし役人達は、この申し出に耳を貸しません。
大勢の石切職人がいっせいに
岩にノミを打ち下ろしました。
そのうちに岩の裂け目から
白い煙が吹き始めました。
あっという間に
その煙が白色から黄色へ、そして赤に、
それから青、黒へと変わり、
それらが入り交じって、
ものすごい勢いで音を立てて吹き出しました。
その熱気は、不思議な力をもっていて
石切職人達は手苦しみもだえ、斜面を転がり落ち
やがて息絶えてしまったのです。
その様子を見た役人達も、
命からがら逃げ出しました。
(神社ホームページにある
お話を簡略しました)
この看板のところに
岩を切り出そうとした
当時の城主の刻印があります。
甑岩 別の角度から
雨乞社 貴船大神・龍神
北ノ磐座
男性神としてオモイカネ命がお祀りされている説や、
ワカヒルメ命がお祀りされている説があるそうですが
定かではないようです。
神前に進んだ際に、日が射すと願い事が叶うと
言われています。
ちょうど、参拝時に曇り空になっていて
お日様が出ない〜と思っていたら
手を合わせていた時だけ日が射しました。
写真を撮ろうとしたら
太陽が雲に隠れてしまい
心の中で思わず「いけず・・・」
と呟いた私。
稲荷社 白玉稲荷・大崎稲荷
大崎稲荷のお稲荷さんは、
キツネではなく、タヌキをお守りと
しているそうですよ。
無意識に人を避ける癖がついてしまったようで
人がいないところへと
移動しながら参拝していると
変な順番でお参りする形になりました。
写真だけ撮り
あとで手を合わせようと思いながら
お参りしそびれた社も。
鈍い私でも
甑岩の方に向かうと
ビリビリと感じるので
とてもエネルギーの高い場所なんだと
思います。
以上、メジャーどころの
西宮市の神社巡りでした。
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