(記憶を遡っての記述です)
私は当日朝に関西を出発し、13:
脳腫瘍ということ以外何かの病名を想像していたわけではないが、
よって予備知識もなにもないまま病院に行って医師の説明を聞いた
脳腫瘍は事前にできる検査で確定はできず、
悪性腫瘍の代表格で何もしなければ3か月で寝たきりになってしま
今後の治療方針については家族にて今後の対応を選択してほしい:
① 手術で腫瘍部をできるだけ取り除き、
② 年齢、体力も考慮して、
考えるまでもなく、①攻めの治療を選んだ。
私たちはまだ母にいてほしい。70歳。
ただ、
今機能している部分はそのまま残して、
※※ 上記のつたない文章では誤解を与えてしまう個所があるかもしれな
私は下記のサイトが非常に勉強になりましたし、
脳外科医 澤村 豊 | 様々な脳腫瘍や脳神経の病気についてわかりやすく説明しています (umin.ac.jp)
執刀医からの説明後、ガラスの扉越しに母に会った。
病院はコロナ体制で、家族が病棟に入ることはできないが、
振り返りで多少記憶が前後しているかもしれないが、この時は母の病状については母とは話をしなかったような気がする。
私自身も消化しきれていない状態だったと思う。
膠芽腫の漢字さえこの時はわかっていなかった。
家に帰ってからネットで調べ、上のリンクのサイトにたどり着いて、読んで…。
母から妹には言うなと口止めはされていたが、伝えないわけにはいかない。
夜、妹に電話した。
もともと母の日には毎年私と妹で何かプレゼントを贈っていて、
そして医師から聞いた内容はすべて説明した。
妹は泣いていた。
そりゃそうだろう。
絵にかいたような青天の霹靂。
でも、すべてポジティブに行くことを信じて、
by 姉