21日から岩手県住田町に入りブログを書く暇もない程ずっと働いていました。いつもそうですが住田町に限らずどこかへ出かけると宿泊所で寝ている以外の時間はずっとその土地のお役に立てることをして働いています。

 勿論、身体を温め、ハートを熱くすることも働きのひとつです。雪のときは特に温まる事は必要!!今回はそれさえ一日だけで昨日からはほぼ徹夜状態で町の横澤さんと動いていました。女性課長補佐ですがこの人もよく働きます。この半年間毎月通いましたがわたしが居るときはわたしと全くの同時進行で動き回りました。

 さて、今回はとうとう春から本格的な住民番組をスタートする態勢が固まりました。半年間(とはいえ一月に一回3日間程ですが)のプロデュースで事が成りました。かなりワイルドで逞しい七人の侍が横澤ボスの元にがっしりと絆ができました。これで核になる町民スタッフの住田チームは固まりました。あとはガンガン行くだけです。後ろを振り返らずに前へ前へと。そういう個性派人間のプロジェクトになりました。楽しみです。

 東峰村周辺の広域の集まりもあすいよいよ12元中継で絆を強めます。発信力を高めます。九州と東日本の地盤が文化という絆でもうすぐつながるところまで来ました。そしてそれを全国の七人の侍集団、八百万人とつながっていくとどうなるでしょう?!。答えは春から出ます。



 今回の子ども体験は子どもたちに即興で質問したり、逆に質問に答えたり、即興で撮影をしたり、されたりする体験を提供しました。覚えたことを発表することは今回の狙いではなかったのです。じっくりと取り組む時間がなかったこともあるのですがその状況を逆手にとって即興性体験に主眼を置きました。

 感受性豊かな子どもたちには、いざという時に自分自身の中から湧き出る本当の力、自ら感じ、考える本物の力を発揮する機会が必要です。発表会で子どもたちがわたしの質問に困って一生懸命考えていたり、隣の子どもが囁いてる姿がいっぱい見られました。前者は答えがすぐに出ないままにもわたしの質問に何と答えようかと一生懸命考えています。後者は日頃の「助け合い精神」で何とか応援しています。どちらの光景もとても新鮮でした。

 全体に「楽しかったです」が一番多かったのですがそれもそれぞれの表現の仕方があってまさに「十人十色」です。一人一人の「楽しい」の感覚が随分違うんだなあと答えを聞いて感じました。中には答えに困って「楽しかったです」と早々と言ってた子どももいたようでしたがその目が気になりました。本当は?どうだった?「もう忘れちゃった!」という本音が出せないで何かを言った子どももいました。

 しかし、番組を流しながらですから思い出したことはあったと感じます。いざという時に即興力を発揮するには日頃から「自らの力で感じ、考え、表現する場」が大事だと考えます。住民ディレクターの活動はまさに予定していたり覚えたことをやる「予定調和」ではなく、即興の本音で表現することを目指しています。その力が幅広い企画力に確実につながっていくからです。


 とうほうTV番組制作体験の発表会が昨日無事に終了しました。村の全集落から15地区の子ども会の皆さんの協力を得て実現した凄い事業でした。

 子どもたちがお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんと一緒になって自分たちで番組づくりをやってみるということでわたしたちが普段やっているようにシナリオも打ち合わせもほとんどない即興制作でした。手法としては所謂生放送です。

 今回の主眼は番組の中身にはありませんでした。住民ディレクターで一貫して話して来ている番組づくりのプロセスで企画力を養う作業が凝縮していることをダイレクトに体験してもらうことでした。インタビューが途中で詰まろうがメインキャスターが言葉が出なくなろうが気にしません。そういう時に隣の子どもが囁いてくれたり、お母さんが前から小声で応援してくれたり皆で協力してひとつの番組になっていくプロセスを体験してもらいたかったのです。

 テーマは地区紹介でした。「こんな面白いじいちゃんがいる」「こんな祭がある」「近所の人がやさしい」などなんでもOKです。「わたしたちの地区には一体何があるだろう?」「どんな地区なんだろう?」ということにちょびっとでも気づいてもらえれば目的は達成です。そのために個々の地区の放送をとうほうTVで2ヶ月かけて見てもらいましたし、全体をみんなで見て聞いて感じる経験の場、発表会を是非とも実現したかったのです。

 子どもたちに、また大人の皆さんにも「東峰村の今」が感じてもらえたのではないかとおもいます。「子どもの視点で全集落の今を映像で見える化した」のです。


 国道386号線に沿ったガソリンスタンドの前に小さな唐あげ屋さんがあります。わたしは何度も前を通っていましたが今回朝倉広域地域のだんだん協議会で住民ディレクター実戦講座をするまではほとんど見過ごしていました。

 実際に現場を通っても見過ごす確率は高いとおもいます。そのからあげ大吉のご主人は独特の風貌とキャラクターで親しまれています。今回実戦講座で11の施設や事業所の5分番組を同じだんだん協議会の人達でリポートしましたがこれがなかなかいけます。今日たまたま東峰村で役場のSさんが「ああやって見るとやはり面白くて入ってみようと思う」と話していました。そう!東峰村の中で下川商店や道の駅を紹介してもピンとこなかったことが知らない店、村外の地域のことを番組で見ると「なるほどあそこはああなっていて、あんな変わった人がやってるんだ」、となります。

 「行ってみようかな!」という気持ちが湧くのはやっぱり人柄に出会った時です。その人を通して唐あげがぐっと身近になり、「あの人の揚げたものは一度は食べてみたい。」となります。神社しかり、温泉ホテルしかりです。2/24(日)にこの朝倉地域のみなさんが生放送で魅力をたっぷり伝えます。とうほうTVから12元中継します。きっと朝倉地域を見直しますよ!

まずはだんだん協議会のFB


 本田節さんの生き方の師匠であった球磨郡湯前町の山北幸さん(99)が2日前に亡くなりました。今日節さんから聞きました。わたしも幸さんとはご自宅に泊まり込んでお世話になってドキュメンタリーを制作させてもらい大変可愛がってもらった一人です。

 虫の知らせでしょう、ちょうど数日前から山北幸さんの話しを何人かにしていました。よく思い出していました。わたしがドキュメンタリー制作でご一緒した数々のエピソードを語り明かしていました。幸さんがわたしに語らせてくれたのでしょう。

 たまに湯前町にお邪魔するとなかなか帰れないほど歓迎してくれました。書くことは山ほどありますが、今夜はご冥福を祈って筆をおきます。本田節さんと一緒の写真を節さんの講演を聴きながら眺めていました。幸さん、99年間本当にご苦労様でした。どうぞゆっくりとされてください。


 本田節さんとはもう20数年前からのご縁ですが、とうほうTVの基礎は全て節さんらと人吉球磨地域で創ったといっても過言ではありません。

 節さんはカメラをもたない「住民ディレクター」の初期モデルでもあります。37歳で乳がんを乗り越え未来に向かって生き始めた頃に出会いました。そして今日久しぶりに節節(せつ・ぶし)をじっくりと聞きました。益々盛んな語りでした。徹底的な実践家です。何度もわたしの名前を出してくれましたがツーリズムをしっかりと人吉、熊本、九州、全国へと形づくってきたプロセスを思い出します。

 数々の困難、艱難を乗り越えていつも逃げずに乗り越えて来ました。まさに退却をしらない女志士です。西郷南洲です。短い時間でもあっというまに話しが通じる同志に会って来ました。


 「番組づくり」が「地域づくり」ですが地域づくりに使える道具が「テレビ」です。東峰村では今週末に全集落の子どもたちが体験したとうほうTV番組制作体験をの発表会をしますがとうほうTVで当日の段取りを今、放送しています。8日にリハーサルをやったのですがほとんどの地区が忙しくて参加できませんでした。15のうち2地区が参加していただきその模様をそのまま放送することでリハに来れなかった地区の皆さんに会場での様子をお見せしています。

 テレビは使えるのです。こうやって現場に来れなくてもテレビで現場を見せてあげることで当日まで会場に行けない不安を払拭します。とうほうTVでは益々村民の暮らしに密着した使い方が生まれて来ています。


 二人三脚で世界一を目指す青年たちがいます。東峰村も含む朝倉地域の青年たちです。中心にいるのは熊本出身の里川さんです。

 先日、彼らの目指すところを思う存分話してもらうべくとうほうTV村民ひろばにて収録しました。目指すは朝倉地域の絆、「結」です。それを実現するためにギネスにチャレンジという大胆なことを考えたようです。二人三脚を946人でやるそうです。ギネス記録は600人とちょっとだそうですので記録を破り世界一になるには610人程でいいそうですが朝倉の共通項としてわかりやすいNTTの市街番号0946を発想したようです。

 なので946人947脚の二人三脚を実現しようと動いています。そして足をくびるのに使うタオルは「逃げタオル」という災害時の「逃げた」無事に「おる」という大野城市ではじまった運動をPRすることも考えています。つまり昨年夏の北部九州の水害復興アピールも兼ねているのです。スタジオでは最後はどのように二人三脚をすればいいのかを実際にやってみました。

 最初は不安材料が山ほどあったようですが地元マスコミの応援もあって徐々に浸透して来ました。とうほうTVもこの動きを全世界に伝えるべく30元中継の協力をしていきます。

@画面一番左が里川さん

 


 明日10日の朝5時からNHK「おはよう日本」でとうほうTVが紹介されます。

 NHK福岡放送局から九州・沖縄放送、そして全国放送へとすすむプロセスはどうなるとそうなるかは一般的には全く知られていません。簡単にいうと担当者の売り込み如何です。ローカル放送局は常に自分の地域で取材・放送した話題の中で九州へ、全国へ放送すべきものを検討し、ふさわしい話題を売り込んでいきます。当然その地域の放送が九州、全国へ放送されるとステーションイメージも上がりますし、何よりもテレビ局本来の地域貢献の大きな足跡になります。

 一般的にはニュースならニュースデスクが制作番組ならプロデューサーが最終的に売り込むかどうかを決めます。今回は当初から鶴田カメラマンが全国放送の可能性を言ってくれていましたから鶴田さんが熱心にニュースデスクに売り込んでくれたのではないかとおもいます。まずはそこがスタートです。しかしここで大事なのは信頼関係です。鶴田カメラマンとは打ち合わせ段階から村民スタッフと懇親の場をもち取材がはじまると次々と村民スタッフとの関係を築かれていきました。

 放送後もわざわざ休みをとってみなさんへ御礼のあいさつに来られました。取材されても放送されなかった村民スタッフも「村の発信になったからそれで十分」」と鶴田さんに笑顔で話していました。人間として礼儀が大事です。ふつうの人間関係を築くことが気持ちよく全国放送につながりました。マスコミ連携のモデルと感じます。


 テレビ局の番組を作る部署には報道と制作があります。報道はニュースを作るところで担当する人を記者といいます。制作はニュース以外の企画番組を担当するということになりますがこの人達をディレクターといいます。さてわたしが住民ディレクターといって「ディレクター」にしているのは「記者」ではないからです。

 記者はその名の通り記する者で出来事を記録しそれを伝える人ですので正確さが大事です。自分の感受性やイマジネーションで事実を語ることは許されません。新聞を読んでいるとその感覚はわかると思いますがいわゆる客観性(自体があるかどうかの話はさておいて)という言葉で主観や感受性等が排除された文章になります。一方でディレクターは豊かな感受性、イマジネーションが勝負です。何しろ何もないゼロ状態から番組を産み出さないといけません。記録するのでなくクリエイトするのです。

 わかりやすい例が「氷がとけると何になる?」のクイズです。もし適性検査をしたならば記者は「当たり前だろ、水」と言い放ち、ディレクターは「春」と臆面も無く答えられる人です。住民ディレクターは「ディレクター」なので暮らしの場面場面で「氷は春」で暮らす人、自然や人の気持ちに敏感に反応して豊かな感受性で生きる人です。昔流行った猛烈社員、企業戦士は「氷は水」で理詰めで生きていくので寄り道も無くグラフを上げることばかりに奔走していました。「氷は春」何んて言ってたらグラフが上がらないのです。

 が、時代はすっかりと変わってしまいました。今の時代は「氷は春」と感じるディレクターがグラフを上げる時代です。企業の求める人材も「氷は春」になってしまいました。東峰村は「氷は春」の人ばかりがやたらと多いのでこれを東峰方式と言っています。感受性が豊かで笑顔が多く皆さん優しいので平和です。「番組づくりが地域づくり」になるという聞き慣れない言葉の意味は「住民」の「ディレクター」が日々の暮らしの中から次々と番組(地域)をクリエイトするから豊かな番組(地域)が創造されていくということなのです。

@「氷は春」の人達の集まり、東峰村村民スタッフの皆さん