赤ちゃんはいちばん神様に近い存在だからね | New 天の邪鬼日記

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小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。

 高齢出産のギネス記録が塗り替えられた。
 ルーマニアの首都ブカレストに住む66歳の女性が16日、女児を出産したのだ。
 元大学教授で児童作家のアドリアナ・イリエスクさんは、9年ほど前からホルモン治療を受け、健康な若いカップルから提供された精子と卵子による体外受精を受けた。イリエスクさんは双子を妊娠し、ひとりが死産、ひとりは予定日より6週間早めて帝王切開で出産した。
 今までの記録は卵子提供を受けた63歳のイタリア人女性など2人が持つ世界最高齢出産の記録を塗り替えた。
 そんな高齢で育てられるのかとか、体外受精に対する批判もあるが、オレは「おめでとう」といいたいね。オレたちの世界へやってきた新しい命を歓迎したい。
 オレのまわりの友人は出産ブームだし、最近は高齢出産が増えいる。45歳の戸川昌子さん、44歳の林真理子さん、兵藤ゆきさん、西崎緑さん、43歳の田中美佐子さんなど、子どもも元気に育っている。
 ネアリカに参加したMさんはアメリカ先住民の出産方法にならい自分ひとりで子どもを取り上げた。ひざをついた姿勢で呼吸を整え、うしろの壁にもたれていきみ、赤ちゃんが「自分の意志で生まれてくる」のを待ったという。自然出産に反対していた妹もそれに感動し、姉の付き添いで自然出産した。
 赤ちゃんが「自分の意志で生まれてくる」というのが重要で、将来子どもの自立心にも大きく影響してくるという。
  「自然出産の智慧」(ジュディス・ゴールドスミス。日本教文社)には世界500民族による伝統の智恵が紹介されている。大病院の暴力的な出産方法とは対照的に、200万年間に人類が培ってきたお産の文化は細やかなケアと野生の喜びに彩られている。その土地土地にあった薬草や環境を最大限に利用し、妊婦はひとりで、もしくは助産婦(実母が多い)と、または村中をあげての祭のなか、赤ちゃんはこの世界と出会い大きな祝福を受ける。
 出産は大自然との交歓であり、人類が生き残ってきた奇跡の根元なのだ。現代のハイテク医療はその絆さえ断ちきろうとしている。
 まず出産は「病気」じゃないので、病院で産むものではない。
 医師の都合による陣痛促進剤、陣痛を取り除く麻酔、誰もが会陰部をハサミで切られ、帝王切開がふつうにおこなわれる。とくに新生児室による赤ちゃんの隔離はほとんどの母子にトラウマを残す。
 オレは「風の子レラ」の出産シーンで、アイヌの産婆(イコインカル)の出産技術(テケイヌ)を描写した。タヌキというあだ名の妊婦と夫のハカス、チュプばあちゃんという産婆、主人公のレラは10歳の女の子だ。

「命が生まれ出るってのはこういうもんだ。あんたたちもこうして生まれ、こうして生んで、命を乗り継いでいくんだよ。目ん玉おっぴろげてタヌキの勇気を、母の底力を、よおく見ておけ!」
 レラはタヌキの顔に吸いこまれた。毛穴のひとつひとつから絞り出される汗、眉間に打ちよせるしわ、叫びをこらえて痙攣する喉仏、タヌキの顔にママが重なる。信じられない苦痛を耐えて、ママはぼくを産み落としたんだ。燃えつきていくふるさとを見るのと同じくらい大切なことに、立ち会おうとしている。
 タヌキの呼吸が、夏の犬みたいに短くスタッカートを打つ。
 はっ、はっ、はっ、はっ、
 チュプが、タヌキの肛門に当てていた足先をお尻の下にすべらし、尾骨をもちあげて骨盤を開かせる。森におおわれた紅色の洞窟から紫色の太陽が昇ってくる。
 頭が見えた。
 はっ、はっ、はっ、はっ、
 赤ちゃんの頭をひし形で包む形で両中指を膣口の上部に当て、親指を下部に当てマッサージする。尿道が脱するのと会陰部の裂傷を防ぐためだ。
 赤ちゃんの頭蓋骨は柔らかい。頭頂骨が少し重なりあって後頭骨がその下にはいりこむように、骨の継ぎ目が柔らかい膜になっている。産道にあわせて変形できるのだ。ぶよぶよした継ぎ目をさけて親指をあてがい、両人差し指を産道に少しだけ差しいれた。神経の集まったツボを刺激すると、赤ちゃんはくすぐったそうにあごを引く。
 するっと、顔が出た。
 手技で回旋させながら、引っぱり出していく。片手の薬指を赤ちゃんの後頭部にある盆の窪に当て刺激する。首の骨に異常を起こさないためだ。薬指をわずかにずらし、首の付け根の第七頚椎[けいつい]に当てる。反対の手を背骨の第三、第四胸椎、腰椎に当て、異常の有無を確かめ、そのつど骨格の狂いを矯正していく。
 こうして、出産、診断、治療を同時に行うのだ。
 はっ、はっ、はっ、はっ、
 ふだんは愛らしいタヌキの八重歯が、最後の苦痛にむき出される。
「いきめ!」
 むっとする透明な湯気を立てて、赤ちゃんがすべりでる。
「五体満足さ、元気そうな男の子だよ」
 チュプは赤ん坊をタヌキに抱かせる。すぐにへその緒を切らず自ら肺呼吸をはじめるのをまつのだ。タヌキがふっと目を閉じてつぶやいた。
「わたしこれくらい幸せな経験、したことない」
 チュプが赤ちゃんにおおいかぶさり、鼻と口からズルッと粘液を吸いとり、吐き捨てる。それを数回くりかえすと、紫色だった顔が薔薇色に変わっていく。
 赤ちゃんはむさぼるがごとく世界を吸い込み、はじめての創造物を吐きだした。生涯六億回にもわたる最初の呼吸だ。奇跡の惑星に生まれ落ちた生命の一員となる高らかな泣き声が本部テントに響きわたる。
「やった、やったあ!」
 思わずレラは玲子と抱きあい、ハカスがタヌキの顔をキスでうずめた。
 チュプが赤ちゃんの腹から指三本ならべたあたりでへその緒を縛り、その先をしごいて折り曲げ、二重に縛ってから切る。産湯で全身をマッサージしながら羊水や粘液を洗い流した。
「うれしいよお、うれしいよおって泣いてるんだよ。赤ちゃんはいちばん神様に近い存在だからね、大人たちにはわからない言葉で話しかけているのさ。アヨアヨ~どっかで聞いたセリフだね。『ぼくは、お母さんとお父さんを守るために生まれてきたんだよ』って。三歳くらいになったら、ためしに訊いてごらん。お腹のなかにいたころや、へたすりゃあ前世のことまでおぼえているから。あんたたちの祖先のなかでいちばんいい行いをした人の生まれ変わりのはずさ、魂ってのは家族ごとグループで転生するからね」
 チュプが三人を正座させ、お産の神様[ウワリカムイ]に感謝を捧げた。
「見せてあげなさい」
 レラはカメラをかまえ、玲子が本部テントの毛布を一気に引き落とした。
 みんながみんな、待っていた。
 車椅子に乗ったハカスが生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて登場した。浮きゴムのずれたトイレの水槽のように涙が止まらない。
 泣き虫のタヌキが、もう泣かなかった。横たわったまま童顔を紅潮させて微笑む。
 生まれたばかりの母の微笑みだった。
 壮大な拍手が降り注ぎ、ハカスはすくっと赤ちゃんを掲げた。(「風の子レラ」より)


PS
 今コンビニにならんでる「ダ・ヴィンチ」2月号の「絶対読んでトクする20冊」(P195)に「COTTON100%」が選ばれました。吉野ハルヲさんの熱い文章で紹介されてます。ぜひご一読を。