映画『マイサンシャイン』の感想 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

マイ・サンシャイン

 

 

有色人種ヘイト

『裸足の季節』で知られたトルコの鬼才エルギュヴェンが有色人種目線で描いた1992ロス暴動。今更ながらのネタな訳だが、この問題自体は解決どころか更に悪化してる事が近年のブラックライブズマター等の社会現象を見ても分かるだろう。つまりは最初から人口国家である米国が掲げるスローガン自由民主主義とは「白人様が自由である為には、いくらでも有色人種を迫害収奪しても構わない自由」なのだから。そして民主主義というシステムは分かり易さが正義のマスメディア諂い合戦による単純化により大衆の性根を腐らせて、より反知性的で不道徳な価値観を蔓延させた。この環境ではレイシズムが激化するのは自明の理なのだ。この映画はキング氏暴行事件ではなくアジア人女性店主による黒人少女射殺事件で始まる。そして破裂しそうな鬱憤が溜まってゆく若者たち。これは現在の米国の姿でも有り得ます。

 

てめーらの自由なんて知った事か。てめーらの主権なんて暴力で叩き壊してやる。てめーらが踏みつけ続けるつもりなら我々有色人種はゲバルトで応戦してやる。いつまでも見下していられると思うな。これは親米クソジャップ老害に我々日本人が抱いてる感情と同じ。レイシストはブチ殺す。

 

この映画のヒロインは若い黒人女性だがボランティアで大勢の孤児を引き取り育てている。それ故に子供の声で普段から近所との騒音トラブルが絶えない。この主人公の隣に住む白人は暴力的で窓から家具を投げ落としたりもする。だがある時、締め出された黒人少年たちを保護していた彼を見てヒロインは恋に落ちてしまう。それだけに彼女は白人のヘイト感情に暴力で対抗しようとする子供たちを必ずしも肯定はしない。それぞれに守りたい秩序がある。その保護の恩恵を彼女は知っている。だから警官に酷い目に遭わされても秩序までも壊していまいたいとは思わないのだ。

 

だが大多数の有色人種にとって白人どもの自由民主主義は収奪者の詭弁でしかない。ロスジェネ以降の日本人と同じで自分たちを踏み潰すだけの秩序ならば暴力で壊してしまった方がマシって訳です。パックスアメリカーナで旨い汁を吸い続けた世代はもはや人類の敵です。ほとんどの有色人種が恩恵から漏れる秩序なんてクソ喰らえ。そんな憤激と破壊衝動が湧き出て来るような怒りに満ちた映画でした。そんな中で暴力の結果が何を残したのかって所に落としてる訳だが、それでもこのまま若者たちへの経済虐殺が続くのであれば東京暴動の日も遠くありません。