映画『あの夏の日』の感想 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

あの、夏の日

~とんでろ じいちゃん~

 

 

誰が弥勒菩薩を壊したか

大林のヒット作は尾道三部作とか括られてるけど思えば自主製作時代から尾道で撮っている訳で別に三部作に括られなくても尾道を舞台にした映画は沢山あります。そもそもこの集落の坂が多いロケーションは絵的に映え易いので重宝していたのでしょう。この尾道新三部作最終章に数えられる本作は中途半端にふざけた内容だから黒歴史なのか前2作に比べると知名度が低く低評価。尾道に暮らす祖父を訪ねた少年が祖父と共に70年前にタイムスリップして若い頃の祖父の心残りを解決するという子供向けファンタジー。タイトルがぶっ飛んでるので『SADA』や『侍KIDS』のようなハチャメチャを期待した訳だが意外にも『はるかノスタルジィ』を思い起こすようなギミックとテーマ性を持った内容でした。この作品の大筋は結果的に恋愛結婚の是非みたいな所がテーマになっています。この少年の親の世代は都会で恋愛結婚してる訳だが尾道に暮らす祖父と祖母は見合い結婚。堅苦しい田舎の風習に縛られている。だが全く恋愛していないかと云えばそうではない。この祖父も若い頃には寺の娘に恋をした。この薄幸の美少女を子役時代の宮崎あおいがフルヌードで熱演しています。だが少女は病弱で大人になるまで生きられなかった。それは自分が誤って弥勒様の小指を折ってしまった事が原因なのではないかと祖父は70年以上悩み続けていた。

 

この寺の家族は亡くなった娘の姉が子供を産んでいて高校生くらいの娘がいる。この娘と少年の間に交わされる恋にも満たない感情が祖父との果たせなかった恋心の名残が隔世遺伝してるかのような印象を覚えさせます。これが大林マジックって奴です。この大林って監督は割とメディア露出して自分の作品の命題について深く語る事が多くて、そこでは複数の人間関係を重ね合わせる事でひとつの感情の可能性にバリエーションを付けるという構成の方法論を語っていました。ここに描かれる若き日の祖父と病弱少女の関係はあからさまに少年とJKの関係に重複しているのです。この少年は思慮深いがクラスでもボケタと呼ばれる鈍感力があるので色気がなく女心には気付かない。それに対しこのJKの言動はやたらと無駄に誘惑的なのです。これは70年前に若くして亡くなった少女の亡霊が及ぼしている効果に思えます。そしてそれこそがこの物語の肝です。この祖父の心残りもJKの誘惑も果たせなかった恋の亡霊。大林作品ではこれまでも『あした』や『異人たちとの夏』等の秀作でやっていた儚い残留思念による人間ドラマを中核にタイムスリップファンタジーが展開しているのです。まとまりも良くハチャメチャ大林節を期待すると裏切られます。