『女は二度決断する』の感想from映画生活 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

2019-12-31の投稿

女は二度決断する

 

 

ヘイトクライムに抗う

 

21世紀初頭ドイツの若者はトルコ文化に夢中になっていた。その頃には多くのターキーポップスがチャートを賑わしトルコ人材がドイツ映画界に流入して活躍していた。その代表格が今作の監督でもあるファティアキン。あれから10年の間に欧州の国際情勢は大きく変わった。この他民族流入が様々な社会問題を生み移民推進派だったメルケル政権は支持を失い反グローバリズム政党に世論は傾きつつあります。つまり移民流入の弊害で生活を圧迫されるマジョリティが声を上げ始めたのです。それは多文化共生とかキレイ事をぬかす事で利権を確保しようとする政治屋が得をする一方で弊害だけが庶民に押し付けられるという現実に対する真っ当な怒り。そんな怒りを抱えた愛国者団体の中でも過激に先鋭化した一部のキチガイは昨今ニュージーランドやノルウェーで起きたようなヘイトクライムというテロを起こす。この作品はそんなヘイトクライムの犠牲となった元ドラッグデイラーの妻が犯人を執拗に追い回す復讐物。前半が法廷劇で後半がクライムサスペンスって感じ。

 

とにかく麻薬密売人で服役もしていた夫がドイツの公益に反した過去がある事は事実なのでマフィア同士の抗争を真っ先に疑われるのも犯人を特定する判断能力を疑われるのも当然な訳だが逆に犯人弁護側の屁理屈は日本のゴミウヨにも似た筋の通らない詭弁に満ちていてヒロインのフラストレーションに共感させられます。ただ何処の国の司法も前科者に厳しいのは当たり前で裁判所の判断は少なくとも中立的です。この理不尽な犯罪への怒りをいつもの軽いノリを排して殺伐とした空気感で描き上げたファティアキン。この題材は正に監督自身が真っ只中にある社会的潮流への危惧であり、それを直球で語っているだけにテーマに対する実感や必然性は極めて高い。