2007-09-11の投稿
ズズ・エンジェル
母性は危険思想か
1964年のクーデター以降、独裁軍事政権下にあったブラジル。下層階級では特にキューバのような社会主義革命の成功を見習おうとする風潮がある一方、言論統制は厳しかった。左翼活動に参加した政治犯は徹底的に投獄し、革命の芽を根こそぎ根絶すべく仲間の居場所を吐かせる為の非人道的な拷問が行われた。拷問死した者は海に捨て遺骨すら遺族の元へは返らない。政府側はその事実を闇に葬るべく更なる暗殺を重ねる。
この物語は70年代にニューヨークで活躍した実在のブラジル人ファッションデザイナーの母としての感情と息子の失踪を巡る闘いを描き出したポリティカルサスペンス。夫との離婚後、女手一つで育てた娘と息子。娘は母の仕事を手伝うが息子は学生時代に左翼活動に加わり本格的にのめり込んで行く。米国で成功した母に対し「資本主義の豚め」なんて言葉すら吐く始末。恋人までも革命を志す同志。ある日、息子の同志から彼が軍部に拘束されたと連絡が入る。慌てた母は軍関係者を訪ねるが要領を得ない。どうせコミュニストどもが流したデマだろうと追い返される。ところが彼が軍部に拘束され拷問を受けたという証言が次第に明るみに出る。息子を思うあまりに母は軍関係者を激しく問い詰める。それを見た上官は噂する。「彼女は危険分子だ」
息子を心配する母の気持ちがテロリズムなら世界人口のほとんどはテロリスト。何とも理不尽な弾圧だ。話の展開はまるでコスタカヴラスの『ミッシング』を思い出させる。行方不明になった息子を捜す中で息子を思う気持ちの大きさを再認識してゆく何とも悲しいドラマ。息子の幻を見るシーンには激しく心を揺さぶられた。資本主義を敵視する息子の言葉にはまだ屁理屈学生の甘えがあるが、彼を捜す母の気持ちは全身全霊が息子を奪った体制と対峙する。単なる体制との対峙を描いたアルゼンチンの『ジャスティス闇の迷宮』みたいに味気ない作品ではない。同じ南米の独裁政権批判でも各違いに見事。過去の政権を扱っているので今となっては政治的に危険でもないし娯楽度も高いので、まだ予定はないが日本国内でロードショー上映する可能性あり。
東京国際フォーラムにてブラジル映画祭。