2009年06-24の投稿
炎のマリア
優しさを捨てられない
かつてはソビエト映画として日本でも紹介されている作品がブルガリア映画として再登場。東西冷戦中は東側の事なんてミソもクソも一緒って所だろうか。中央アジアも東欧もまとめてソビエト扱いとは酷い。その時代の東側映画の多くは資金源にソビエトの力が及んでいるのは確かだが内容を見れば東欧の話である事は一目瞭然。16世紀のオスマントルコ帝国の脅威にされされたブルガリア。凶暴なトルコ人の乱暴なレイプで命を落とした妻。夫は生き残った幼い娘を男として鍛え上げた。そして8年後に復讐を決行。レイプに関わった憎きトルコ人を一人また1人とさらい血祭りに上げる。娘マリアは今や冷酷な炎を瞳に宿す復讐の鬼。
この物語はマリアの中に生まれた2つの葛藤を描いています。ひとつは人間として冷酷に人を殺す事への良心の呵責。もうひとつは女として恋をして優しく隣人を愛したい情欲。だがそれまで彼女にとって絶対の人だった父は絶対にトルコ人を許さない。彼にとっては最愛の人を殺した憎き相手。どんなにその相手が仲間や家族に優しくてもトルコ人というだけで問答無用で許せないのだ。憎しみが憎しみを生む悲劇的な連鎖。修羅の道を歩む父に娘は疑問を呈す。あからさまに力強い傑作。それにしてもトルコ人の衣装はとても分り易い。あの民族衣装の帽子はこんな昔から変わっていないのかと感心。炎の使い方も実に印象的。