-185kei

埼玉県民などにお馴染みの形式。

1970年代の東海道は153系が普通列車や急行「伊豆」に運用されていたが、1980年時点で153系197両のうち160両が製造後19年以上経過し、伊東線や伊豆急行といった相模湾沿いの路線を走行することもあって、塩害などによる経年劣化が深刻な状況だった。

東京南局は153系に代わる車両を立案し、車両の運用効率を向上して置換車両数を抑制するため、153系同様、東海道の通勤用としても供用可能とする必要があった。

当初は特急格上げはせず、急行「伊豆」の置き換えを命題に構想した車両は「普通列車に使用できるよう両開き扉を2箇所に配置し、出入台がない転換シート車」とするつもりで、117系に準じた車両を関東地方に投入するつもりだった。だが、優等列車としての体裁を考慮して構想を見直し、通勤需要を考慮しながら711系やキハ48と同様に出入台による居住性向上が不可欠と判断され、117系を基にしながら、出入台と洗面所を設置し、客用扉を車両両端に寄せ、扉自体も1300mm幅の両引扉から1000mm幅の片引扉に変更した。

国鉄のイメージを大きく刷新した車両。

185系の試運転列車と山陽線の117系や飯田線の80系との並びも写真に残されている。これは国鉄時代ならではで、今は分割民営化でやりにくくなり、各社間の繋がりが薄れ、下関(山口県下関市)や亀山(三重県亀山市)で全旅客列車が分断されてしまい、猪瀬直樹元都知事は分割民営化を「失敗」の二文字で評し、寝台列車を相次いで廃止させ、甲種回送の回数を増やす必要性が生じ、運賃計算上からも不都合になり、自動改札普及などで係員が旅客に相対する場面自体が著しく減少した。

詳細はこちらも参照にしないといけないわけだが、多様な企画乗車券が発売されても、周遊券や周遊切符みたいに使用条件が厳しくなって国鉄時代より使いづらくなったものもあるから近い将来は「JR同士の合併」が求められている。

2021年、185系の老朽化で「ムーンライトながら」の廃止がされてしまったが、近い将来はE257系改造車の使用で運行再開も求められている。

実施にも大垣までの習熟運転などが必要となり、費用がかかるわけだが、費用は全額でなくともクラウドファンディング立ち上げで賄えばよく、今なら「マクアケ」だってある。

過渡期には153系や165系との併結運転も見られた。
1990年以降も甲子園臨などで来阪したことがある。

 

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