新大阪に向かう新幹線から撮った富士山=3日午前8時過ぎ
大阪・新歌舞伎座に行って来ました
~舟木一夫&神野美伽ジョイントコンサート~
~3日目終演後に舟木が出演者らと食事会開催~
―後半に第29回・30回「オードリー」の話題―
3日午前の大阪・新歌舞伎座
大阪・新歌舞伎座で2024年5月2日(木)から始まった「舟木一夫&神野美伽ジョイントコンサート」の2日目の3日(金)、横浜から早朝の新幹線で会場に駆け付けました。3日からは13時半開演。コンサートは途中30分の休憩を挟む形の二部構成で行われました。正直な話、私は始まる前は果たしてどういうコンサートになるのかと心配もしていました。しかし全くの杞憂に終わりました。この異色中の異色の二人のコンサートは大成功と言っていいと思います。千穐楽に向け、さらに拍車がかかっていきます。
舟木さんは昨年、神野さんに声をかけられた時点で“秘策”があったようで、それをもとに二人で納得がいくまでじっくり構成から選曲までを練られたようです。ジョイントコンサートはまだ2日目ですが、神野さんは大先輩の舟木さんの連日のイジリにも、若干の遠慮を見せながらもしっかり対応していました。神野さんは日を重ねるにつれて完全に舟木さんに溶け込まれると思います。神野さんの生のステージは初めてでしたが、声にハリと迫力があり、歌に人生の苦労が滲んでいました。
いろいろ説明する前に、新歌舞伎座内の3日の様子を写真でお見せします。
神野美伽さんへのお花が実に多くて驚きました
コンサートは2時間強ですが、30分の休憩を挟んで計約2時間半です
ジョイントコンサートの[曲目]などは下の表の通りです。この表を見ながら、これからの説明を読んでいただけると幸いです。なお、二人の発言は暗い中でのメモによりますので、正確な表現ではないことをお断りしておきます。
緞帳が上がると、ステージ中央の階段上に二人が着物姿で並んで登場(下の写真参照)。舟木さんから「今日は抜けるような青空。なんでこんな暗い中に…これは若奥様」とイジり。神野さんは「今日もまた言うんですか」。舟木さんは「おめでたい話はいくらしてもいい」。この流れは続きそうです。
神野⇒先輩とご一緒するのは33年ぶり。当時、私は25歳、先輩は40代。舟木⇒今は58歳。神野⇒なんで私の年知ってるの…(計算すればすぐ分かる!?)。二人の漫才のような掛け合いに会場が盛り上がります。4日以降も楽しみです。
舟木さんから「不思議なコンビの不思議なステージです。肩の力を抜いて楽しんでいただければ」という挨拶でスタート。一部は基本的には二人が交互に歌う形です。「舟木の静」と「神野の動」のコントラストが舞台を華やかにします。
「王将」に辿り着くのは、舟木さんの「大坂のお客さんはちょっと違う。関西の方って陽気なんです」の発言から。神野さんも「町を歩いていると『やあ美伽ちゃん帰ってきた。元気でっか』と、さも近所のおばさんのように話しかけてくれます」。
そこで、舟木さんから「大阪の大スターと言えば坂田三吉、桂春団治…」と言いかけると、神野さんが「藤山寛美、西川きよし…」。舟木さんはすかさず、「西川きよしさんは亡くなっていません!」と突っ込みます。という流れで坂田三吉の歌へ。
デュエットした後、舟木さんが上手に退場します。残った神野さんが「元気な大阪の歌をもう一曲」ということで、一部のラストへ。歌い終えた神野さんは階段を上り、お客さんに手を振って幕。
〈一部〉
オープニング
銭形平治(舟木&神野)
春夏秋冬屋形船(神野)
火消し若衆(舟木)
浮雲ふたり(神野)
あゝ荒城の月かなし~荒城の月(舟木)
日本の男(神野)
初恋(舟木)
王将(舟木&神野)
王将・夫婦駒(舟木&神野)
舟木が上手に下がる
ラスト
あんたの大阪(神野)
二部の幕が開くと中央の階段上に白シャツに黒のベストと黒のフレアパンツ姿の神野さんが登場して、ひと言。
「NHKの朝ドラで『ブギウギ』が放送される前から笠置シヅ子さんが大好きで『SIZUKO』というアルバムも発売しました。野生爆弾のくっきー!さんがジャケットを描いてくれました。レコーディング以来初めて皆さんの前で歌います」
「私は服部良一先生と笠置さんの歌をぜひ大阪の舞台で歌いたいと思っていました。新歌舞伎座には建て替え前から数えきれないほど舞台に立っています。大阪のこの舞台(新歌舞伎座)でこの歌を歌うという意味があると思っています」
そして、「いろいろ身体の不調もありましたが、去年40周年を迎えることが出来ました。デビュー当時の歌を歌わせていただきます。『男船』です」と語りかけると、会場の熱烈な神野ファンから次々に声がかかります。
続いて、「40周年を迎えた時、どんな歌が歌いたいかと問われ、しっかりした演歌を歌いたいと思いました。そして希望して作っていただいたのが『夜が泣いてる』です」と話し、中央の階段下に腰かけて歌います。
「最新作は『天の意のまま』。大好きな歌なんです。作詞・荒木とよひさ…」と言いかけたところで拍手が起こりました。歌っている間中、額から汗が流れます。まさに熱唱です。最後は新歌舞伎座で欠かさず歌っていたという「無法松の一生」。
歌い終わると、舟木さんが上手から黒いスーツで登場。神野さんに「どんな歌が好き?」。「ジャズとかラテンとか全部好きです」。「俺もラテンが好き。美伽ちゃんはハリー・ベラフォンテの『ク・ク・ル・ク・パロマ』でしょ。俺は『マチルダ』」。
神野さんが「この先どんなことがあるか分からないから、今を精一杯歌っていきたい」と話すと、舟木さんは「58歳のあなたが…こっちは80歳よ」と返し、「僕が今が歌い頃だなと思ったのが70歳の頃。まだどんだけあるんだ、若奥様」。
もっとも古いデュエット曲は「旅の夜風」。舟木さんに言わせると、なんという美しいメロディー、美しい日本語。そして、「今日は二人でデュエットの名作に挑んでみましょう」と肩をくんで歌います。これぞ、ジョイントコンサート。
ちなみに、「旅の夜風」は1938(昭和13)年9月10日に作詞・西條八十、作曲・万城目正、歌・霧島昇&ミス・コロムビアで発売、松竹映画「愛染かつら」の主題歌にもなり、当時としては驚異的な80万枚を超す大ヒット曲になりました。
<二部>
オープニング
―神野のコーナー
東京ブギウギ
大阪ブギウギ
センチメンタル・ダイナ
ラッパと娘
男船
夜が泣いてる
天の意のまま
無法松の一生
舟木が上手から登場
旅の夜風(舟木&神野)
神野が下手に退場
―舟木のコーナー
友を送る歌
あゝ青春の胸の血は
仲間たち
君たちがいて僕がいた
高校三年生
学園広場
絶唱
たそがれの人
高原のお嬢さん
湖愁
神野が下手から赤いドレスで登場
世界の国からこんにちは(舟木&神野)
トークの中で「絶唱」にも触れ、舟木さんから「映画で一番共演したのは和泉雅子。団子と串で相性が良かった。マコちゃんは映画で共演してた頃は小雪だった。今は雪だるま。この前コンサートに来て『舟木君』と呼ばれた。もう舟木君と呼んでくれるのは一人になったけど、舟木君と呼ばれるのはいいもんですね」という話がありました。
ラストの「湖愁」歌い終えて、緞帳が降り始めると、舟木さんが手で受け止めるふりをして止めます。その時、舞台袖から神野さんが赤いドレスで登場します。舟木さんは「皆さん、終わってませんよ。赤い女性のサンタクロースの登場です」。
そして、舟木さんから今回のジョイントコンサートについて「ここでしか出来ない組み合わせが生まれた。今回のコンサートがいいテストケースになって、みんなチャレンジすればいい。流行歌の世界が寂しくなってきているから、いろんな可能性を楽しめばいい」という話があり、神野さんも「私もそう思っていました」。
最後は、「大阪は来年『万博』で大変。やる以上は成功してほしい」と、三波春夫さんらが歌った1970年の「大阪万博」のテーマソング「世界の国からこんにちは」(作詞・島田陽子、作曲・中村八大)の“1970年”を“2025年”に替えて、客席にもマイクを向けて大合唱しました。
歌い終えると、二人で階段の一番上まで上がります。そして、左~右~中央へと頭を下げて手を振ります。神野さんは控えめな振り方です。ご自身の普段のステージではあまりやられないんでしょうか。緞帳が降りて2日目も終了しました。
下は神野さんのオフィシャルブログです。
4日(土)のジョイントコンサート3日目終演後に、舟木さんが出演者、スタッフ全員と食事会を開いたそうです。下の神野さんのブログで読んでください。5日(日)は休演日ですから、英気を養ったうえ“後半戦”に向けて一致団結して進むことになります。
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美月が“自立を宣言”して、新たな展開に
29回。深夜のムーンライト便で君江の故郷・山鹿にやってきた滝乃(大竹しのぶ)。美月(大橋梓)は泊まっていけないのかと聞きますが、滝乃は夕方までに京都に戻ってお客様を迎えなければならないと言います。美月は君江(藤山直美)が出て夜に行われる灯籠祭りを見なければならないと伝えます。
美月をめぐる話し合いは続き、愛子(賀来千香子)は「私が美月を身ごもった時、苦境に立たされた時も強く生きていける子供に育てなければならない、それが親の最大の務めやって思いました。これからは美月を自家用車で送り迎えするのは止めてくれませんか」などと話します。
滝乃は「ママの気持ちは分かった。自分の夢を美月ちゃんに託して苦しめたかもしれん。養女の話も忘れてちょうだい」などと応えます。そこへ春夫(段田安則)が言葉を挟み、「オードリーは12年もこんなふうに育ったんや。オードリーには二人とも必要なんや。どっちが欠けてもオードリーの母親は半分になってしまうんや」と。
美月は涙を流しながら頷き、「ママのおうちも椿屋も私のおうち。これからは自分のお部屋で暮らす。学校へも電車で通いたい。撮影所には行かへんから、自分のことは自分で決める。私のこと、信じて」と訴えると、皆が涙を流します。その夜、親子4人は灯籠祭りで君江の踊りを見ます。
そして、6年後。ナレーションが入ります。2年前に君ちゃんのおばあちゃんは亡くなり、君ちゃんは遠くの農家へお嫁に行った…。いよいよ岡本綾の登場になります。
30回。昭和46年、美月(岡本綾)は18歳。高校の卒業式で総代として答辞を読みます。帰り道で、美月は滝乃、愛子、春夫の前で「卒業式はこれで終わり。大学には行かへん。ほんまの映画を撮るために女優になる」と宣言します。滝乃が「どないしたん、突然」と驚きます。
美月は「突然やない。6年間、ずっと考えてたんや。自分の道は自分で選ぶと言うたやろ。撮影所を封印して考えたんや。中学、高校で勉強して撮影所を忘れてたら、別の道に行こうと思ってた。答辞を読みながら、自分の進む道はやっぱり映画やて思うたんや」と固い決意を述べます。そして、6年間封印していた撮影所に行きます。
「葉隠仙鋭」の撮影現場では、幹幸太郎(佐々木蔵之介)と錠島尚哉(ジョー、長嶋一茂)の絡みのシーンの撮影中。カットがかかって休憩する幸太郎のところへ美月が駆け寄ります。幸太郎は美月にコーラを渡して歓迎し「俺と共演すると約束したよな」と語りかけると、周りの女優たちが顔色を変えます。美月はジョーが気になります…。
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2024年コンサートスケジュール