たそがれの人 (クラシックCD付)

 

舟木一夫と「たそがれの人」

~安部幸子という夭逝の作詞家~

 

 

 舟木一夫さんの曲で好きなものの中に、1965年8月にリリースされた「たそがれの人」(作詞・安部幸子、作曲・山路進一)があります。舟木さんも大好きな歌でしばしば歌われますが、舟木さん以上にこの歌を「歌謡曲らしい歌謡曲」と言うほど好きだったのはデビュー当時から舟木さんを担当していた日本コロムビアのディレクター・栗山章さんでした。のちにそのことを舟木さんに伝えると、「栗山さんらしいね」と納得されていました。

 

コロムビアを退社後、作家活動をしていた頃の栗山章さん

 

 栗山さんが「たれがれの人」を推すのは、作詞した安部幸子さんが書く詩情豊かな詩に惚れ込んでいたのが最大の理由でした。安部さんはコロムビアの専属作詞家ではありませんでしたが、栗山さんは企画会議でも強く推して、舟木さんの“若衆もの”の第1作になる「いなせじゃないか若旦那」(1964年8月、作編曲・遠藤実/「おみこし野郎」のB面)の作詞家に抜擢しました。作詞に厳しい遠藤実さんも認めていました。

 

舟木一夫「おみこし野郎 cw いなせじゃないか若旦那」 CD-R

 

 

   栗山さんは「週刊平凡」(昭和39年10月12号)の取材に、「幸子さんは、勤めがあるのでコロムビアにやってくるのは土曜日の午後ときまっていました。たまたまぼくが外出でもしていると“それじゃあ表で待っています”といって逃げ出そうとする。そのくせ、居合わせた者がむりにひきとめておくと、“チョコレートいかがですか”といってソッと差し出す。恥ずかしがりやのくせに少しも気取りのない人柄でした」と答えています。

 

 そして「ぼくは新鮮で詩情豊かな幸子さんの詩にほれこんでいたので、企画会議などでも、強力に押しました。そのため、“安部さんの詩はたしかにいいが、コロムビアの専属作家ではない。それをドンドン採用して、わが社のトップ歌手に歌わせたのでは、専属作詞家の手前も面白くない”という苦情が出たくらいです」と話しています。

 

   ともあれ、安部さんの作詞によるA面、B面の江戸っ子イメージは、“学園もの”を歌って来た舟木さんの新生面を開くことになりました。舟木さんは当時の「週刊明星」のインタビューで「歌詞をもらった時には、今までにないスタイルで、歌謡曲の歌詞としてはちょっと難しいと思いました。これがハタチを過ぎたばかりのお嬢さんの作品と聞いて、びっくりしました」と話しています。

 

 安部さんはこれを契機に、「火消し若衆」(1965年1月、作曲・遠藤実)、「木挽哀歌」(同B面、作曲・遠藤実)、「浜の若い衆」(1965年8月、作曲・山路進一)、「磯浜そだち」(同B面、作曲・山路進一)と舟木さんの“若衆もの”の作詞を続けた後、趣を変えて「たそがれの人」とB面の「夜霧のラブレター」(作曲・山路進一)にたどり着きます。しかし、これが最後の作品で、舟木作品では7曲を作詞をしただけで終わりました。

 

舟木一夫「火消し若衆 cw 木挽哀歌」 CD-R

 

 

 

 

舟木一夫「浜の若い衆 cw 磯浜そだち」 CD-R

 

 

 

 横浜市栄区に住んでいた安部さんは、神奈川県庁に就職し電気局でタイピストの仕事をしながら作詞家・石本美由起さん主宰の同人誌「新歌謡界」に所属して詩を学びました。当初は月刊誌の公募に応える形で詩を書いていましたが、島倉千代子さんの「石竹の花」や二代目コロムビア・ローズさんの「上総のふるさと」、三田明さんの「ごめんねチコちゃん」…と書いているうちに“プロの作家”と認められるようになりました。

 

新歌謡界・同人誌

 

 

 

【EP】三田明・吉永小百合「ごめんねチコちゃん/この夕空の下に」

 

 安部さんは舟木さんの7作品のほか、本間千代子さんの「星のように花のように」や「東京のためいき」など7作品、二代目コロムビア・ローズさんの「夜の浜辺」や「母さんと」など7作品を書きあげ、計20数作品を書いています。しかし、24歳の1964年7月、突然視力を失って病院を転々としますが、原因がわからないまま9月12日に激しい頭痛に見舞われ、昏睡状態のまま夜に自宅で息を引き取りました。 

 

 

 

二代目コロムビア・ローズ全曲集 智恵子抄

 

 安部さんはプロの作詞家デビューしてわずか半年で亡くなったということになります。薄幸の女性です。舟木さんの曲では「いなせじゃないか若旦那」だけが生前にレコード化され、「火消し若衆」など残りの曲は死後のレコード化になりました。舟木さんは週刊誌のインタビューに対して、「お人柄を聞けば聞くほど、一度でいいからお会いしたかった」と答えています。

 

 

 24歳での夭折と言えば、「大つごもり」や「にごりえ」、「たけくらべ」などの名作を残して1896(明治29)年11月23日、肺結核のために24歳で亡くなった小説家・樋口一葉を思い出してしまいます。

 

樋口一葉 たけくらべ、にごりえ、十三夜、他

 

 

 

 

 

 

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