舟木一夫と橋幸夫㊤
橋幸夫(本名・橋幸男、当時79歳)は2021年10月4日、都内で記者会見して、80歳になる2023年5月に歌手生活から引退すると発表した。年齢による声の衰えなどが理由で「40代、50代までの歌の馬力と声帯の艷が維持できにくくなると実感した」と話した。橋は引退発表後に京都芸術大学の通信教育学部に書道コースがあることを知り、願書を出したら合格通知が届き、2022年4月から“学生生活”を続けている。簡単に入れるんですね。
橋は2023年1月12日にも記者会見し、引退前に自らの後継者となる「二代目橋幸夫」を選ぶオーディションを実施すると発表した。橋は「歌舞伎の役者のように、自分の歌を引き継いで歌ってもらうのもいいのかなと思っている」と話した。これに対して、梅沢富美男が「橋幸夫さんじゃなきゃ“潮来笠”にはならないんだよ。“夢芝居”だって俺の“夢芝居”しかないんだよ。歌ってそういうもんなんだよ」と語った。至極当然だ。
橋は1943年5月3日、東京都荒川区の呉服屋の9人兄弟の末っ子に生まれた。橋は13歳からボクシングジムに通い始めるが、心配になった母親が、隣の散髪屋の職人の1人がコロムビアレコード専属の作曲家・遠藤実の学校で歌の勉強をしていることを知った。彼に遠藤学校を紹介してもらい、歌のレッスンを受けることを条件にジムに通わせた。遠藤は初対面で橋の歌を聴いた時に「この子は必ずモノになる」と思い、厳しく指導した。
レッスンも丸3年が過ぎた1959年、遠藤は橋にコロムビアのオーディションを受けさせ、村田英雄がまだ吹き込み前の「蟹工船」を歌わせたが、結果は不合格。納得できない遠藤は、橋が自分の手から離れることを覚悟の上でビクターレコードのオーディションも受けさせた。結果、ビクターの女性ディレクターが「あの子はうちでいただきます」ということになって、ビクター専属の作曲家・𠮷田正に預けられることになった。運の分かれ目だ。
橋はのちに、遠藤から「歌手になった時の芸名を用意している」と言われ、「舟木一夫」という名前を見せられたと話し、タクシーのラジオで「高校三年生」を初めて耳にし「只今の曲は舟木一夫さんでした」と聞いた時、「えっ、俺の名前だよ」って驚いたと語っている。しかし、この話はどうか。実は、遠藤が愛知県一宮市から上京して遠藤学校で学んでいた18歳の上田成幸少年に芸名を付ける時、「舟木和夫」と紙に書いて見せている。
先生に対しても率直な物言いをする上田少年は「『和』は紙に書いたら縦に長くなって横倒しになりそうで頼りない感じがします。『一』にしてつっかえ棒の形にしてもらえませんか」とお願いしている。遠藤はなるほどと思ったのか、快く変更してくれたと言う。私は遠藤にも直接、舟木の芸名の由来を聞いたことがあるが、「舟木君がそう言ってますか…」と話し、それならそうかもしれないという感じだったのを覚えている。
ともあれ、遠藤は上田少年の言を採用して字を直した後で、改めて左右対称になった「舟木一夫」という字を見て落ち着きを気に入り、後に「舟木一夫」は自分が“発案”したことにしたのかもしれない。時期的に見て、橋に見せたのも「舟木和夫」だったのだろうと思う。もちろん、橋や遠藤が「舟木一夫」と“主張”することをとやかく言う舟木ではないが、私はそういう経緯から「舟木一夫」の本当の名付け親は上田少年=舟木自身だったと思っている。
ところで、舟木と橋が初めて会話したのはいつだったのか。手元にある資料では、「月刊平凡」の1964年新年号の希望対談が初顔合わせ。具体的な仕事の中身は分からないが、橋が大映京都で撮影中だったため、大阪で仕事を終えた舟木が京都まで車を飛ばして合流した。2人は気が合って、対談は夜が更けるまで続いた。ちなみに、舟木の記憶では、西郷輝彦を含めた3人が初めて揃って話したのは1965年12月。やはり月刊誌の鼎談たった。
橋は、当時の舟木、西郷の印象について、「週刊ポスト」の2022年5月6・13日号で次のように語っている。
「僕と他の2人はデビューの年が離れている。僕が1960年で、舟木君が1963年、西郷君が1964年。“橋に追いつき追い越せ”と、ライバルのプロダクションが探し当てた若者が彼らだったんです。かわいいなと思うのはテルのほうだったね。彼は甘え上手なんですよ。一方、舟木は僕に対してライバル心をむき出しにしていましたね(笑)。みんな忙しかったから、僕らはほとんど仕事場でしか顔を合わせたことがありません。プライベートで酒飲みに行ったことなんか一度もないし…」
ここでも橋と舟木の「ライバル」についての“見解”は基本的に違っている。舟木は西郷が亡くなった後の日刊スポーツ(2022年2月22日)のインタビューで、以下のように答えている。
「第三者から見ればライバルに見えたでしょうし、そういう思いが50%あったのは事実ですが、結局は全員が誰にも負けたくないんだよね。その時代だと三橋(美智也)さんもいれば、春日(八郎)さんもいれば、フランク(永井)さん、コロムビアレコードにはひばりさん、お千代(島倉千代子)さんがいらっしゃるんですよ。固有名詞に関係なく、僕らの世代が誰にも負けないぞって、それぞれがそう思っていた。正直、御三家の2人に負けたくないと思ったことは一度もない。輝さんも同じ思いだったよね。オレが金メダルだ、という思いで若さで走っていた。広い意味で、輝さんのお客さまも僕のお客さまも含めて、同じ時代を生きた仲間なんです」
橋は1960年7月5日、「潮来笠」(作詞・佐伯孝夫、作曲・𠮷田正)でデビュー。佐伯が「この歌に相応しい歌手が出てくるまで温めていたテーマ」だったが、楽譜を渡された橋は「シオクルカサ」と読んで、𠮷田に笑われたというエピソードもある。橋はこの曲で第2回日本レコード大賞の新人賞を受賞している。一方、舟木のデビューは1963年6月5日。年齢は1歳違いだが、デビュー年では橋が3年先輩で、当時は3年の差には“大きなもの”があった。 (敬称略)
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「決定版 舟木一夫の青春賛歌」(産経新聞出版)が11月28日に出版されます。前著「舟木一夫の青春賛歌」を全面リライトしたうえ、このブログなどの内容を追加してまとめたものです。これまでのシングル全ジャケット写真、芸能生活のあゆみ(オリジナル)など60年のあらゆる記録も収めています。巻頭には舟木さんの最新インタビューも掲載しています。
「決定版 舟木一夫の青春賛歌」の告知が11月28日付の産経新聞1面(東京版、関西は2面)に掲載(下の写真)されました。参考に載せておきます。
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