舟木一夫が中野サンプラザで選んだ曲⑥

舟木一夫と「潮風が吹きぬける町」

～2023.4.25中野サンプラザでの選曲～

　舟木一夫さんが2023年4月25日に東京・中野サンプラザで行ったラストコンサート第一部「輝さんのおもかげ」の6曲目に選んだのは、西郷輝彦さんが1967年10月1日にリリースした「潮風が吹きぬける町」(作詞・奥野椰子夫、作曲・米山正夫)でした。この曲は舟木さんの「絶唱」や「夕笛」を意識するあまり、本来は舟木さんが歌うべき歌を西郷さんに歌わせてしまったと言えるのではないでしょうか。

　舟木さんはステージのトークで、「ある日、輝さんが僕の新曲『潮風が吹きぬける町』を聴いてくれましたか?って尋ねてきて、ああいい歌だねって答えると、あの歌は俺の歌じゃないですよ。玉置宏さんにも聞いたんです。玉置さんも『そうだね』って言ってましたって笑うんですよ。こういうことはよくありましたね。それでもいろんな歌を歌えと言われた時代でしたから」と明かしてくれました。

　「俺の歌じゃないですよ」と言うことはイコール「舟木さんの歌ですよね」ということです。この曲のレコードジャケットを見て下さい。西郷さんは舟木さんの「絶唱」や「夕笛」などの抒情歌を強く意識した和服姿です。何となくおぼつかない雰囲気もあります。1年前の1966年12月1日にリリースした「ハイヤング節／青年さくら音頭」(作詞・星野哲郎、作曲・小杉仁三)のジャケット写真と同じ和服に見えます。

　1967年頃から69年頃にかけて台頭してきたグループ・サウンズ(GS)の勢いに焦ったのかもしれません。西郷さんのスタッフは、それまでのリズム歌謡から一転、演歌調に切り替えてなんとかGSを打破しようと思ったのでしょうが、これは切り替えすぎ。ヒット曲の映画化を続けてきた日活も「これはさすがに見送りたい」と言ってきたほどです。西郷さんはかなり落胆したんじゃないでしょうか。

　　　一　潮風が吹きぬける町　　　　

　　　　　浜茄子がゆれて咲く丘　　　　　

　　　　　わがふる里　　　　　　　　　　

　　　　　夜ごと　夜ごと　　　　　　　　

　　　　　胸にひびく　あの潮騒　　　　　

　　　　　はるかな　潮騒　　　　　　　　

　　　二　ちちははが　網つづる庭　

　　　　　妹が水をくむ井戸

　　　　　わがふる里

　　　　　夜ごと　夜ごと

　　　　　夢にかよう　あの面影

　　　　　ほほえむ　面影

　歌詞に“浜茄子(ハマナス)”が出てきますので、西郷さんの故郷・鹿児島県をイメージして作ったものではなさそうです。私はリリース当時、千葉県のある町に思いをはせて作ったという話を聞いた記憶がありますが、50年以上も前の話ですから情報は不確かです。いずれにしても、西郷さんは自らの故郷の記憶を何とか頼りながら歌われていたんだと思います。

　作詞した奥野椰子夫(やしお)さんは1902年、大津市生まれ。慶応大文学部を卒業後、都新聞学芸部記者を経て1939年にコロムビアに入社して作詞家を始めました。他にどんな作詞をされているのか。代表作に「夜のプラットホーム」(1939年、作曲・服部良一、歌・淡谷のり子。1947年に二葉あき子が歌って大ヒット)、「琵琶湖哀歌」(1941年、作曲・菊池博、歌・東海林太郎、小笠原美都子)などがあります。

　「潮風が吹きぬける町」は日本詩人連盟大賞を受賞しています。日本詩人連盟は1961年に西條八十さんを会長としてスタートしたもので、“歌謡曲の作詞家”の集まりです。この受賞が唯一の明るい材料だったのではないでしょうか。もっとも、舟木ファンの私はかなり好きな歌で、若い頃は舟木さんが歌っている気分でカラオケでもよく歌っていました。

◇