2023年ツアーで舟木一夫が選んだ曲㉖

舟木一夫と「高原のお嬢さん」

～2023年コンサートツアーの選曲～

　舟木一夫さんが2023年通常コンサートのアンコールの1曲目に選んだのは1965年10月にリリースした「高原のお嬢さん」(作詞・関沢新一、作曲・松尾健司)でした。作曲の松尾さんは主にコロムビアで編曲を担当していましたので、舟木さんの作品で作曲したのは「高原のお嬢さん」のB面の「夏の日の若い恋」や「渚のお嬢さん／月とヨットと遠い人」、「北国の旅情」など限られています。

　一方、関沢さんは映画の助監督、脚本家としてデビューした後、作詞家としても活動を始め、舟木さんの作品では「学園広場／只今授業中」や「銭形平次」、「太陽にヤァ!」などを作詞しています。他の歌手では、美空ひばりさんの「柔」、都はるみさんの「涙の連絡船」などのヒット曲も手掛けています。蒸気機関車の“専門家”、鉄道写真家としても知られ、その関係の著作もある多彩な方です。　

　「高原のお嬢さん」の歌詞で♪リーフ　リーフとある所は、最初は♪リーブス　リーブスでした。夏が過ぎて散って行く落葉は1枚だけではないので、複数形が正しいのですが、実際に歌ってみると「ブス」が強調されるため、舟木さんの指摘で直されました。舟木さんはこの歌を1965年大晦日の第16回NHK紅白歌合戦で、白組司会者の宮田輝さんから「トップバッターがホームランをかっ飛ばします」と紹介されて歌いました。

　その光景は今でもよく覚えています。軽快なイントロに乗って、舟木さんは大ステージの階段を颯爽と駆け降りてきます。21歳を強調するかのような明るい色のタキシード姿でした。3年前の初めての紅白は「高校三年生」で詰襟の学生服、前年は「右衛門七討入り」で討入装束でしたから、視聴者に初めて“大人の舟木”としてトップバッターに相応しい歌声と衣装を届けることになりました。

　「高原のお嬢さん」はその後、いろいろアレンジを変えるとともに、舟木さんが4番を追加して作詞するなど“成長”してきました。舟木さんがいかに大切にしている歌であるかを物語っています。2023年3月末に東京・新橋演舞場のシアターコンサートのラストに歌われた「高原お嬢さん」はバラード・バージョンで、私が聴いてきた中で一番か二番のいい出来だったと思います。

　この歌も1965年12月4日に日活映画「高原のお嬢さん」(柳瀬観監督)として公開されました。舟木さんは「この歌で片足が地に着いた感じがした。いけそうだと実感した。映画としても“ちゃんと頑張らねばと思った作品”」と語っています。この映画では和泉雅子さん、山内賢さん、西尾三枝子さん、堺正章さんらと共演していますが、舟木さんは「マコちゃんとの本格的なコンビが確立した映画」とも話しています。

― 日活データーベース「高原のお嬢さん」 ―

　余談ですが、舟木さんは撮影の後半に虫歯で左のほっぺたがかなり腫れ、新宿駅でのラストシーンでは右側からしか撮れない状態だったと言います。「よく見ると腫れているのが分かりますよ」と言う通り、やや不自然な撮影になっています。当時の舟木さんは腫れが引いてから……という余裕がないほど超多忙な状況でしたから、相当工夫を凝らして撮影したんでしょうね。

　ちなみに、日活は当時、東京・新宿で洋裁の仕事をしていたデザイナーの森英恵さんと専属契約を結んでいました。森さんは日活の衣装部で映画の衣装のデザインの仕事をしており、和泉雅子さんによると、「高原のお嬢さん」の衣装も全て森さんがデザインしていたのではないかと話しています。石原裕次郎さんの「銀座の恋の物語」では、森さんのアトリエがモデルになっていたということです。