2023年ツアーで舟木一夫が選んだ曲⑳

舟木一夫と「夕笛」

～2023年コンサートツアーの選曲～

　舟木一夫さんが2023年の通常コンサートの20曲目に選んだのは1967年8月にリリースされた「夕笛」(作詞・西條八十、作曲・船村徹)でした。舟木さんには10数年に及ぶ長い“寒い時代”がありましたが、この歌で船村さんに“目覚め”のきっかけを作ってもらったということも含めて、舟木さんは「夕笛」という歌に特別の感慨をお持ちだと思います。私は舟木さんが最近歌われる「夕笛」が好きです。

　西條さんが付けたこの歌の最初のタイトルは「ふるさとの笛」。舟木さんの頭には映画化の構想があったため、西條さんに「映画のタイトルになじまないので、変えさせていただいてもよろしいでしょうか?」と自ら考えた造語「夕笛」案を持ち出したところ、西條さんは快く承諾して詩の中に“夕笛”という言葉を追加してくれました。西條&舟木の師弟愛が感じられますね。

― 学研「証言の昭和史 1巻」Wikipediaより ―

　船村さんが作られた「夕笛」は8小節のメロディーが7回繰り返され、アレンジも淡々としているので難しい歌です。舟木さんが船村さんにそのことを伝えると、船村さんは「そこを上手くやるのがプロでしょう」と素っ気ない返事。舟木さんにとっては“苦労した歌”でしたが、船村さんは「舟木君は詩曲の味を十二分に歌に表現してくれた」と、仕上がりに大満足でした。

　舟木さんは「絶唱」の時と同じように、「夕笛」のテスト版を持って日活の西河克己監督を訪ね、「今度の僕の歌はこれですから、『夕笛』でお願いします」と伝えました。舟木さんらしいです。西河さんはすぐ了解し、「絶唱」は女が死んで男が残ったから、今度は逆にしようと発想されました。西河さんの発想が凄いのか、当時はそんなもんだったのか、面白いですね。

　以前にも書きましたが、この映画はもとは光本幸子さんか三田佳子さんを相手役に東映で撮る予定でしたが、東映のイメージにマッチしないということなどから日活で撮ることになりました。日活なら相手役は松原智恵子さん。舟木&松原で撮ったからこそ大ヒット作品になり、この年の日活作品の中で配収1位になりました。松原さんにとっても、記録とともに記憶に残る代表作の一つになっています。

　舟木さんは、「あの時代に、あの世代で、あの雰囲気が出せるのはチーちゃん(松原智恵子)しかいなかった」と、松原さんの演技を大絶賛しています。

　舟木さんは“寒い時代”にも歌を忘れたことはありませんでしたが、それでも一時は本気で歌手を止めようと考えたことがあります。そのことを聞き知った船村さんから電話がありました。「舟木君、歌をやめるんだって。そんなの君の自由で、どっちてもいいんだけど、僕が君のために作った『夕笛』は誰が歌ってくれるんだい」。言葉を返す余裕もないまま、電話は切られました。

　舟木さんは突然、脳天をぶち割られたような衝撃を覚え、仕事、人生への甘えを一撃のもとに吹っ飛ばされました。プロの歌手としての自分を恥じたと言います。船村さんは後に私のインタビューに「思い出しますねぇ。私も若い頃でしたからね。率直にそう思ったので、そう言ったまでです」などと淡々と話してくれました。舟木さん自身の歌への思いが、この一言で立ち直させたんですね。

　舟木さんは2014年1月24日に東京・オリンパスホール八王子で収録されたNHKBSの「昭和の歌人たち　西條八十」に出演、船村徹さんのギターで「夕笛」を歌っています。その際、舟木さんはNHKの担当者に「出来れば船村先生のギターで歌いたいので、先生に頼んでみてくれますか」と伝えたところ、船村さんから二つ返事でOKという返事がありました。舟木さんだからこそ実った話です。ギターは斎藤功さんとの協演でした。これも凄いことなんですね。