舟木一夫の「北国にひとり」

 

北国にひとり (クラシックCD付)

 

 舟木一夫さんの歌の中で、あまりヒットしなかったものの、結構好きな歌があります。1969年12月にリリースされた「北国にひとり」(B面は映画の主題歌にもなった「いつか来るさよなら」)。作詞・作曲は水木京子。シンガーソングライターで俳優の荒木一郎さんのペンネームの一つです。舟木さんはこの年、東京・祖師谷に豪邸を新築、NHK紅白歌合戦にも「夕映えのふたり」で出演していました。

 

夕映えのふたり (クラシックCD付)

 

 荒木さんは9歳で文学座に入り役者としてスタートしましたが、高校時代からモダンジャズに傾倒。卒業後はバンドのドラマーなどをこなし、作詞・作曲活動も始めています。DJを務めていた東海ラジオの番組「星に唄おう」のテーマ曲「空に星があるように」で1966年、ビクターから歌手デビューしました。父親は文芸評論家の菊池章一さん(2001年12月死去)、母親は女優の荒木道子さん(1989年3月死去)。

 

いつか来るさよなら [DVD]

 

 荒木さんは1944年1月8日生まれ。同年12月12日生まれの舟木さんとは同い年です。1966年には映画「893愚連隊」で新人男優賞、「空に星があるように」で第8回日本レコード大賞新人賞を受賞しています。荒木さんはその後、「いとしのマックス」や「今夜は踊ろう」など立て続けにヒット曲を連発していました。「空に星があるように」は舟木さんが“日本の名曲たち”にも選曲してステージで歌っていました。

 

空に星があるように

 

893愚連隊 [DVD]

 

 ある時、私は「水木京子」という名前が気になって調べた結果、ナポレオン、すずきすずかなど荒木さんのペンネームの一つであることが判明。そして、吉永小百合さん、伊東ゆかりさんらにも楽曲を提供していることも分かりました。しかし、なぜ荒木さんが舟木さんのために、この曲を作って提供したのかは分かりませんでした。それが分かるのは、最近になってのことです。

 

空に星があるように: 小説 荒木一郎

2022年10月28日に出版された「空に星があるように 小説 荒木一郎」(小学館)

 

 実は「まわり舞台の上で 荒木一郎」(文遊社、2016年10月22日出版、下の写真が表紙)という分厚い本を読んでいる中に、その部分が対談形式で出てきたのです。ただし、その部分を引用してお伝えする前に、人気絶頂の荒木さんが1969年2月7日に警視庁町田署に逮捕され、世間でも大騒ぎになった“ハレンチ事件”を思い出していただく必要があります。

 

まわり舞台の上で 荒木一郎

 

 事件とは―。荒木さんは知人から「女優になりたい」という東京都町田市に住む17歳の女子高生を紹介され、六本木の喫茶店で会い、同行していた母親を先に帰して、女子高生を麻生十番のマンションに連れ込んでわいせつな行為をして逮捕されました。荒木さんは2月28日に釈放され、4月2日に示談・不起訴が決まりましたが、このことで女優の妻、1歳3か月の長男とも別居(のちに離婚)することになりました。

 

 その本の対談の部分を載せます。

 

 ―事件のあと、1969年12月、舟木一夫さんに「北国にひとり」という曲を変名「水木京子」名義で提供していますね。1969年には他にも、ザ・クェッションズ、徳永芽里に楽曲提供しています。

 

 荒木 「荒木一郎自体は出せないけども、曲は使える」っていうことだね。「荒木一郎」っていう名前で出せなかったから、「ナポレオン」「水木京子」「枯木華」、いろんな名前を使ってるんだよ。別に、僕がやりたくてやったわけじゃなくて、「やってほしい」って言われたの。(中略)「名前出せないんだけど」って言うから、「じゃあ名前はこれでいいよ」って言って、そうなったわけ。

 

♪北国を遠く 訪ねて来たのに

 あなたはもう 私を忘れていたの

 変わらぬ心で 愛していたのよ

 嘘でもいい 私を抱いてほしかった

 

 さよなら あなた

 別れて 行くわ

 あなたの 倖せを

 祈って いつまでも

 

 北国の空に 太陽がゆれる 

 見上げていなければ 涙が落ちる

 

♪悲しい心が あなたを呼んでる

 嘘でもいい あなたの言葉をかえして

 

 さよなら あなた

 別れて 行くわ

 あなたの 思い出を

 雪に うずめて

 

 北国を遠く 離れて行く時

 並んだ山だけが 私を見てた

 並んだ山だけが 私を見てた

 

 

 荒木さんは「北国にひとり」は留置場で作ったとも語っています。この歌詞は、そういう経験をした人でなければ書けないかもしれませんね。いずれにしても、事件が2月、この歌のリリースが12月ですから、コロムビアは全て了解の上で荒木さんに新曲の作詞・作曲を依頼し、舟木さんも了承して発表したことになります。もっとも、間もなく水木京子=荒木と分かると、おおっぴらな宣伝活動は自粛したようですが…。 

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 なお、B面の「いつか来るさよなら」は舟木さんが光本幸子さんと共演した松竹映画「いつか来るさよなら」(1969年12月17日公開)の主題歌にもなっています。作詞・作曲は井上忠夫さん。「ブルー・シャトウ」でおなじみのジャッキー吉川とブルーコメッツのメンバーでした。そういう意味でも、「北国にひとり/いつか来るさよなら」は舟木さんの楽曲の中では極めて異色な1枚ということが言えると思います。

 

ゴールデン☆ベスト ジャッキー吉川とブルーコメッツ