流行歌の風景

― 最終回 ―

 チャンネルNECOのインタビュアーとして、舟木一夫に「舟木さんにとって歌とは何ですか?」と聞いたことがある。舟木は間髪を入れずに「命です。命そのものです」と答えた。私はその物言いに驚いた。こんなに力強く答えたのは初めてだったからだ。私だけではなかった。このインタビューの映像を見た読売新聞の担当記者は「その姿にはふだんから見せる誠実さよりも、穏やかな中に迫力を感じた」と新聞に書いた。「迫力」とは私が感じたものと同じだった。

 

 私はその数年前に「舟木さんにとってお客さまとは?」と聞いている。舟木は「声と同じくらい命なんでしょうね」と答えたが、その時に「迫力」は感じなかった。その違いを考えた時、舟木が芸能生活50周年という壁を乗り越えたことが大きかったのではないかという結論にたどり着いた。50周年という見えない圧力を乗り越えて得た“落ち着いた安堵感”と“みなぎる自信”こそが「迫力」を産む源泉になっていたに違いないと思った。

 

 

 舟木には「歌は声で歌うもの」という持論がある。舟木はかつて私のインタビューに次のようにも答えている。

 

 「濃尾平野のど真ん中にいた少年が、大した苦労もしないまま、偶然に偶然が重なって歌い手の道に入った。運命論じゃないけれど、やはり歌を歌うためにこの世に出てきたんじゃないかなぁって思う。“寒い時代”にも歌から離れたことはなく、歌は歌っていた。他のことが出来ないんでしょう、多分。歌を歌える声がなくなったら、そこで全て終わるんでしょうね」

 

― 岐阜城天守より見る濃尾平野 ―

 

 2010(平成22)年12月25日に東京・新橋演舞場でシアターコンサートを行った際のインタビューでは体調管理のことが話題になった。舟木は「(体調管理に関する)そんなこんなをぼちぼちお客さまにお伝えしていかないといけないと思っているんです」と話した。“いい声”で聞いてもらうためには構成・選曲も含めて今まで通りのステージを漫然と続けていてはいけないという思いがあった。“発声方法”の話をしたのもこの時だった。

 

 「発声法はこの3年で2回変えています。4年前の1月に新宿コマ劇場でコンサートをやった時に初めて自覚症状がありました。初日に声帯が硬くなってきているということで、公演中に声帯に余計な負担をかけないように発声を変えたんです。3、4年持つと思ったら、去年の冬にもう1回。お客さまに『歌のキレが良くなった』と感じられるかもしれません。もともとストレートボールの歌い手だからコントロール出来るんでしょうね」

 

 一方で、舟木はこのシアターコンサートで昼夜で7割くらいは構成を変え、同時に「55周年まで自分を甘やかしちゃいけない」と自分自身に言い聞かせ、「哀愁の夜」や「高原のお嬢さん」「その人は昔」など数曲について、あえてキーを半音上げて負荷をかけて歌った。その結果、「哀愁の夜」では前奏、間奏の間に自ら吹く口笛が一段と響いて聞こえ、会場がたちまち“舟木ワールド”に包まれていった。体調を管理しながらも自らを甘えさせてはいけない。いかにも舟木らしい。

 

 「歌は声で歌うもの」の実践として、ステージでは“ナマ歌”にこだわり続けている。発声法を変えたり、キーを上げたりするのはそのための手段。歌詞モニターもなくナマ歌にこだわるあまり、時折歌詞を間違えるのはご愛嬌の世界と言える。舟木を見ていると、このこだわりが60歳、70歳の壁を破り、「70歳を過ぎてからステージで歌うのが楽しくなり、“幸せ最前線”にいる」といった発言に繋がり、とうとう77歳で60周年に漕ぎつけた。舟木の想いは今も会場を埋め尽くす舟木ファンに確実に届いている――。

 

                   ◇

 

 舟木さんは常々、「昭和の歌い手が、昭和の豊かな歌を、昭和といういい時代を味わったお客さまにお聴かせしたい」と話され、そんな時代の香りが漂う「流行歌」への熱い想いを込めてステージに立っておられます。

 

 

 

 コンサートが始まってまもなく一連の“青春歌謡”になると、舟木さんは客席の方に歩き、歌いながら一人一人と握手を交わして花束、プレゼントを受け取る。そして、ステージに設けた台上に一つ一つ丁寧に置き、それぞれの花が客席から見えるように並べていく。お客さんにはかつて紙テープが舞った景色がよみがえってくる。これこそが舟木さんが大切にしている“流行歌の風景”であり、舟木さん以外に似合う歌手はいない。

 

 

  また、舟木さんがコンサートの真ん中あたりで軽快な曲を2曲入れると、会場のお客さんは全員総立ちになって手拍子を交えて盛り上げる。そして、歌の合間に舟木さんがラケットを持ち出しサインボール10個を会場に向かって打つ。運よく受け取ると帰りにサイン入り色紙がプレゼントされる。私は皆さんより背が高いこともあり上手くキャッチ出来ている方で、これまでに写真のようなサインボールをゲットしています。どういうわけか、緑が多いですね(笑)。

 

 

 

 いずれにしましても、コロナ禍が明け、再び、あの懐かしい“流行歌の風景”が見られる日が一日も早く訪れることを願っています。

 

 

 

音譜 音譜 音譜

 

 

 

 舟木一夫さんの写真集「60th/77age」(5000円)が好評発売中です。舟木さんによると、昨年12月12日の77歳の誕生日から今年2、3月にかけて撮り下ろした“Gさんの写真集”ということです。

 各コンサート会場で販売されるほか、通信販売も行われています。問い合わせはスクーデリア・ユークリッド通販部☎03-3447-3521(平日11時~18時)です。