新橋演舞場⑦

 舟木一夫は2016(平成28)年12月の東京・新橋演舞場の公演に「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」を選んだ。この演目は2013年の「花の生涯」以降、モデルが実在の人物のエピソードを連ねていこうという流れの中で決まった。舟木はインタビューの中で「恐らく僕にとっては現役最後の大立ち廻りになるんじゃないでしょうか。手数でいうと軽く100を超えると思いますよ。出演者にけがや事故がないように毎朝、自宅の龍神様にお参りして出かけます」と答えている。実際、この立ち廻りはマスコミでも高く評価された。

 

 

 一方で、「歌と芝居が今の状態で75歳まで行けたらすごい。3年後に今の7、8割方が出来ていれば60周年が見えると思います。そう、現状維持しかないですね。僕らの年になると現状維持するって、すごいハードルが高いことなんですよ。(中略)俺ってこんなに歌が好きだったのかって思ったのが60代半ば。50周年を挟んでここ丸々2年前から変わってきましたね、気持ちも。その『気持ち』を具体的に聞かれると答えられないんですが、要は楽になってきたんです」とも。確かに、歌のステージが一段上がったのがこの頃だ。

 

 2017年12月は芸能生活55周年記念の「通し狂言 忠臣蔵 花の巻(前編・昼の部) 雪の巻(後編・夜の部)」。55周年記念公演に相応しく、出演者は尾上松也(浅野内匠頭)、紺野美沙子(妻・りく)、葉山葉子(浮橋)、長谷川稀世(戸田の局)、長谷川かずき(瑶泉院)、丹羽貞仁(岡野金右衛門)、田村亮(上杉綱憲)、林与一(吉良上野介)、里見浩太朗(千坂兵部)ら“舟木組”も含めてフルキャストで臨んでいる。舟木がパンフレットのインタビューで答えて、「大石内蔵助」を演じることになった心の内などを語っているので再録する。

 

 

 「ぼくの中では、ピアフの『愛の讃歌』とシナトラの『マイウェイ』は本人以外は歌ってはいけない(笑)。それと同じルールで、大石はやっちゃいけない役だと。芝居として、できる、できないではなく、大石という役に畏敬の念がありましたから。それが3年前、忠臣蔵で大石、どうですか、と担当プロデューサーに勧められて、嬉しくもあったが、丸2年迷い続け、ウーンと唸りながら決断しました。忠臣蔵をやる限りは通し狂言でないと意味がないと、ぼくのほうから言い出し、脚本の斎藤雅文さんに相談したら、素晴らしい台本にしてくださった」

 

 

― 1939年のピアフと1957年のシナトラ Wikipediaより ―

 

 「忠臣蔵の大石内蔵助」という娯楽時代劇の頂点を極めてしまった後に何を演じるのか。コロナ禍での延期を挟んで、舟木が2021年12月の新橋演舞場の舞台に乗せたのは浅田次郎原作の「壬生義士伝」だった。舟木は吉村貫一郎、高橋惠子が妻・おしづを演じた。舟木は「大石までやってしまうと、中途半端な所に戻れないんですよ。思い切りふり幅の大きい所に行った方がいいということで、それでは、どんな役どころがいいのかと考えたとき、やはり今までの流れとは相当違う演目でなければと思ったんです」と話している。

 

 

 そして「かつては、日本人が重んじていた“義”の心や、美徳とされた日本人としてのナショナリズムみたいなものが、今や危篤状態にあると、浅田先生は小説を通して警鐘を鳴らしていらっしゃるのではないかと。考え方によってはこんな世の中だから、明るい芝居のほうがいいんじゃないの、という選択肢もあると思うんですが、あえて、こういう題材を取り上げて家族だとか、人と人との関わり合いだといった骨格の太い芝居といいますか、そういうものを今の時代にお見せできたらなと」とも語っている。

 

 

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 実は、この公演の前の11月に東京と大阪のメルパルクホールで行われる後援会員のためのコンサート「風 アダルトに~船村徹、遠藤実を唄う」のパンフレット作成に協力する形で、2時間ほど舟木さんにインタビューさせてもらった。舟木さんは 私とのインタビューでも、最近の世の中を“気狂いの時代”とし、新橋演舞場の公演で吉村貫一郎が言わんとするところは「盛岡の桜は岩を割って咲く」、つまり「日ノ本を想え、儀のひと文字を忘れるな、日ノ本の心を守れ」ということだと話された。

 

― 盛岡城址と桜 ―

 

 舟木さんの口からこういう“日本人の精神”の話はあまり聞いたことがなかったので、私としては軽い驚きとともに、心強ささえ覚えた。私は吉村の国を愛する気持ちは舟木さんの“流行歌愛”にも通じるものがあるのでは?と畳みかけてみた。舟木さんは以下のように答えられた。いかにも舟木さんらしい発言だと思いました。

 

 「僕はこういう稼業だから、照明にしろマイクにしろ、文明の恩恵に与かっている中で、本人のハート、心持ちぐらいはアナログで通したい。だから自分に意地を張ることになる。俺はライブで絶対テープは使わない、全部ナマでやる。ナマで出来なくなった時は止める…と。60代の半ばごろに、どこまでアナログで通せるかが勝負だって考えました。自分が生まれ育った歌と流行歌の世界に対する愛情って言ったら気障かな」

 

音譜 音譜 音譜

 

 

 

 舟木一夫さんの写真集「60th/77age」(5000円)が好評発売中です。舟木さんによると、昨年12月12日の77歳の誕生日から今年2、3月にかけて撮り下ろした“Gさんの写真集”ということです。

 各コンサート会場で販売されるほか、通信販売も行われています。問い合わせはスクーデリア・ユークリッド通販部☎03-3447-3521(平日11時~18時)です。