リミット

 

 1968(昭和43)年5月に設立した舟木一夫音楽事務所の最初の仕事は舟木の企画で実現した日本テレビの連続ドラマ「泥棒育ち・ドロボーイ」。舟木が主演だったが「ちょっぴりキザでオシャレなドロボーが主人公では浮いている。これはフライイングだった」と自身で反省している。また、事務所では若いマネジャーでは相手に失礼になるということで父・栄吉が前面に出るようになっていたが、そのうち仕事先から「オヤジさんは出しゃばりすぎてやりにくい」とか、銀座のクラブで栄吉が「オレは舟木のオヤジだ!」と息子の自慢話をしながら豪遊しているという話などが舟木の耳にも入るようになってきた。

 

― 銀座四丁目 晴海通り ―

 

 舟木は1965年5月、元大学教授の老夫婦が売りに出した東京都世田谷区代沢の物件を購入している。約200坪の土地に2階建て住宅2棟と平屋住宅1棟という大邸宅。夢を実現させるため、愛知県一宮市から家族全員を呼び寄せ大邸宅で一緒に暮らし始めた。しかし、2年、3年経つと家族は「上田成幸」ではなく「スター・舟木一夫」として見るようになり、舟木のフトコロをあてにするようにもなった。舟木はこのままでは家族が崩壊すると考え、世田谷区祖師谷の160坪の土地に2階建て10室の大邸宅を新築しマネジャーらを連れて移り住んだ。

 

― 祖師谷神社 ―

 

 家族関係だけでなく、仕事面でも歯車がかみあわなくなり、舟木を精神的に圧迫し始めた。新会社設立翌年の1969年にリリースしたシングルは「青春の鐘/幸せを抱こう」「永訣の詩/京の恋唄」「追憶のブルース/素敵なあなた」「ああ桜田門/恋のお江戸の歌げんか」「夕映えのふたり/高原の人」「北国にひとり/いつか来るさよなら」の計6枚で、いずれも中ヒットだった。「歌唱法に舟木一夫らしさがなくなってきた」と指摘する人もいた。これは後に舟木自身も認めている。ちなみに、「青春の鐘」は私が私立大学の受験から帰る途中の六甲山の坂道で口ずさんでいたし、「京の恋唄」は当時しばしば京都を訪れていた私の最も好きな歌のひとつだった。

 

 大阪万博が開かれた1970年に発売したシングルは「心配だから来てみたけれど/再会」「青年の唄/うわさのあいつ」「紫のひと/東京みれん雨」「霧の街/二人の夜」のわずか4枚。翌年も「あゝ名古屋城/金沢城」「日曜日には赤い薔薇/三本のローソク」「春の坂道/里の花ふぶき」「初恋/あなたの故郷」の4枚だった。大晦日の「NHK紅白歌合戦」では島崎藤村の「初恋」を歌った。新しいディレクターに「いよいよ困った時には中ヒットが狙えるものがある」と温存していた隠し玉を出さざるを得なくなったのだ。

 

― 1970年の大阪万博の記録映像(2時間56分) ―

 

 舟木は1972年のデビュー10周年を過ぎたあたりから徐々に仕事への意欲を失っていったと振り返っている。意欲を失うとともに体調も悪化し始めた。同年3月26日、フジテレビ「オールスター夢の球宴」に出演するため神宮球場に向かう途中、胃痛を訴えて慶応病院に入院。過労と胆嚢炎と診断され、そのまま5日間入院。退院後に“若気の至り”というべき行為をしてしまった。記者会見では「仕事の疲れがのしかかり、自分ではどうしようもないほど神経がバラバラになっていた」などと語った。

 

 この年の「NHK紅白歌合戦」は当然のように落選した。御三家では初めてだったが、舟木は「落選するなら僕が最初だと思っていた」と語っている。万全でない中、舟木はその後も仕事を続けていたが、翌年10月にも前年と同じような行為を繰り返してしまった。記者からの質問に父・栄吉は「人間一人、何をやっても食っていける。父親として二度と芸能界に復帰させたくない」とまで言った。12月に予定されていた大阪・新歌舞伎座での公演の中止も決まった。新歌舞伎座は突然のことに12月は休館せざるを得なかった。

 

 舟木は後日、この時の行為の原因について「端的に言えば人間関係のわずらわしさからきたもので、冷静に先読みする自分と、コトを性急に推し進めようとする自分との確執に疲れてしまったようだ」と振り返っている。

 

 

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 “真相”が分かってない中で若気の至り的行為の話題を載せるかどうか迷いましたが、事実関係だけは触れておこうと掲載しました。それでも表現はオブラートに包ませていただきました。この頃の舟木さんはそれほど追いつめられていたんですね。たとえ復帰のチャンスがあったとしても「もう芸能界に復帰させたくない」という栄吉さんの言葉には極めて“重い思い”が込められています。私も芸能誌に上田成幸として復帰してほしい旨の投書を出して掲載されました。切り抜きは今も保管していますが、よくぞ復活して60周年を迎えていただけたと思います。改めて、おめでとうございます。

 

音譜 音譜 音譜

 

 

 

 

 舟木一夫さんの写真集「60th/77age」(5000円)が好評発売中です。舟木さんによると、昨年12月12日の77歳の誕生日から今年2、3月にかけて撮り下ろした“Gさんの写真集”ということです。

 当面は各コンサート会場で販売し、今月20日(水)から通信販売されます。20日以降の問い合わせは、スクーデリア・ユークリッド通販部☎03-3447-3521(平日11時~18時)です。20日前には開設しておりません。