お久しぶりです | 続。JP = ぞく どっとじぇいぴー =

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akira.sivaの戯言日記。
多分。。関わっているゲームやら仮想世界やらのことを書ければいい。。。かなぁww

父には「私は金曜も土曜も普通に仕事だから、男2人でしっぽり話でもしてくれ」

と言っていた。

木曜日、父から「土曜、夕飯一緒に食べよう。帰りにうちに寄って」とメッセージが。

ん~~~土曜の夜。。ゲームしたい気持ちがあるにはあるが。。

(いぁまぁこういう気持ちになるのも、母が少し回復していたからなんですが)

しかしまぁ。。。行った方がいいよな^^! と思い、

私「分かった。定時で帰るよう頑張るよ」と。

 

金曜日。昼過ぎ。ふと気づくと母からLINE通話がかかってきていた。

何かあったのか?!欲しいものでもあるのか?と思い、すぐかけ直した。

母「も、し、も、し~」 とちょっとカタコトの母。

私「通話かかって来てたから驚いてかけ直したんだけど。どした?」

母「ん-、ごめん。いつの間にかかかってた~w」

私「スマホ、自分で触れるようになったんだね」

母「うん、手の届くとこに置いてくれるようになったの」

私「ってゆーかさ。かなり言葉はっきり話せるようになったんだね。驚いたよ」

母「え~、ほんとぉ?話せてる?」

私「うん、全然分かるよ。頑張ってるね^^」

母「そう?良かったぁ~」

↑普通に書きましたが、本当にカタコトでゆっくりとした口調です。

でも何を言っているか分かります。言葉はここまで回復したんだ。。

と思い、スマホを抱えて泣き出しそうでした。

すぐ父にLINEを送った。

「母から通話かかってきたんだけど、随分言葉を話せるようになってて驚いたよ」

父にも通話がかかってきたらしい。

どうやらお金を少し持って来てほしい、とお願いされたとのこと。

 

土曜日。いかにも「私は用事があって急いで帰ります!」

というムードとオーラを全面に出し定時ダッシュ。

実家に着くと父が出迎えてくれ。。

夕飯はそれから私が作るわけにもいかないでしょうし、

仕出しとかお弁当とか買ってきたのかしら。。なんて予想してたんですが。

父「兄が夕飯作ってくれてるw」

私「は?!」

兄「おかえり。鍋」 いぁもっとしゃべれw

私「ほほぉ~?手を貸すところはあるか?」

兄「適当に作ってるだけだから、大丈夫かな。

  座ってて、もうそっち(ダイニングテーブル)に持って行く」

すき焼き風鍋。美味しかったですw

 

兄は昨日、着いたその足で病院に直行したんだそう。

私「面会はできないぞ。って伝えなかったっけ?」

兄「聞いた。土産持ってったんだよ」

父「でもだめだったんだ」

私「だめ??」

血糖値が上がる食べ物は禁止なんだそうで。。

私「あー、お菓子持ってったんだ?」

兄「きんつばっていうの?」

父「ほら、あそこ(店名)の」

私「六方焼きね。母、芋餡の好きだものねw」

兄「それ持ってたんだけどさ。食べさせられないって」

父「病院から電話かかってきてな。それじゃ、スタッフの皆さんで食べてくださいって」

兄「そんなに数入ってないんだけど」

私「まぁ。。しょうがないよな」

 

それから当然母のことを中心に話をしました。

この3人が顔を合わせていて、母がいないのは実に珍しい。

というか初めてなんじゃないだろうか。。

これからのことや父の決意は聞いた。

父「母がこういうことになって、ヒトはいついかなる時に事故や病気になるか分からん。

  それをこういう形で実感することになるのも。。まぁ、経験のうちだな。

  お前たちも支え合える人を見つけたら、きちんと一緒にいるようにしなさい」

兄「。。。。。。」

私「兄妹揃って離婚したってのに、ハードル高いこと言うねぇw」

父「これからも会える可能性はあるだろw」

私「だといーねー^^」

妹は離婚して10年にもなりますが、兄は去年離婚したばっかだぞw 父。。

 

父は昨日病院に行って、偶然母と直接会えたんだそう。

看護師さんが車椅子に乗った母を散歩に連れて行こうとしているところに

偶然鉢合わせたらしい。

対面できたことをとても嬉しそうに話していた。

その時母が「こんなことになって家族に迷惑をかけるくらいなら、潔く死ねば良かったのに」

と、ポソッと言ったんだそう。

父「母がそんなこと言うなんてなぁ。。」

私「早いな。。来るのが」

リハビリしていくうちにそういう言葉を発する時は来るだろうと思っていた。

きっと動けない自分に挫ける時が来る。

主治医ともそのことは話していた。それが心配だと。

昨日までの自分とは全く違う生物になる。

意識ははっきりしているのに、自分の体も言葉ですら自由にならない。

果たして生きているのか??と落ち込むことはあるんだろう、と。

 

元々割とポジティブ思考の母だっただけに、

その言葉を発するのがこんなにも早い時期だとは思っていなかった。

父「母がもっと動けてる時に、お前んとこに遊びに行けば良かったな」

と兄を見て言う。

兄「別に、今後でも全然いいけど」

私「確かに。部屋は余ってるだろうし?」

兄「そーね^^!」

私「リハビリ始まったら、それ目標にしてもいいんじゃない?

  動けるようになって、旅行できるようになったらお兄さんとこ行ってみればいい」

父「あぁ、いいかもな」

兄「まぁ。。これからしばらく忙しいんだけどね」

私「なんかあったっけ?」

兄「いぁほら。。海外のお偉方とか来るし」

お国の行事やデカイ何かがあると忙しくなる兄の職業。。

 

そんな話をしつつ、母が転医する予定の病院の話を父がし始める。

まぁ大体のところがそうなんだけど、大きい病院には政治も絡んでいることが多い。。

父がその病院は〇〇政党系列、というような話をしたら、兄の顔が曇った。

兄「その病院に入るなら、俺の職業は言わない方がいい」

私「ん?なんで?」

兄「昔ながらの、色々あるらしいんだよ。俺の職業を敵視してる人たちの集まりだから、

  言わない方が無難だと思う」

私「現場の医師たちにもそんな風潮あるの?」

兄「ん-まぁ。。結局はヒトによるとは思うけど。。以前も治療してもらえなかった、とか。

  極端な例だと手術や入院を拒否されたりも」

私「は?医療関係者が治療する人を選ぶの?」

兄「今のは極端な例だよ。実際あったことではあるけど。偏見を植え付けるようで

  ちょっと嫌だけど、あるにはあるから。危ない橋は渡らない方がいい」

私「そういう話は怖いな。。」

 

母も父も私たちも、頑張らねばならないのはこれからです。