#4の続きです。
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さて、紀伊田辺駅に戻り、ホームに行くと、

紀伊田辺駅

13ː42発の新宮行きの2両編成の列車か発車を待っていました。

車内
御坊から先を担う227系1000番台はロングシート
これは予想外の混雑に対応することが主な目的だそうですが、紀伊田辺ー新宮はカーブが多いしオジイゆえ長距離は疲れるので、クロスシートにしてもらえるとありがたいですね。
さて、紀伊田辺からは単線
対向列車との交換(離合)のため、複線区間と比べると時間が掛かりそうです。
発車した列車は田辺市街を抜け、南紀一の観光地の白浜に到着
懸念されたような影響はほぼなく、2025年7、8月の観光客数は前年同期より増加したとのこと。
少子化もあってか、観光需要は変化しつつあるようですね。
ところで、白浜から3つ先に紀伊日置という駅がありますが、以前車掌がアナウンスしていた頃、い行が続くためか滑舌の問題か、それとも当時のスピーカーの性能によるものか分かりませんが、アナウンスが、
「次は、ひーひひだす。」
と聞こえたりしましたが、音声が機械化されたためか、
「次は、きいひきです。」
ときいひきとはっきり聞こえるようになりましたね。(笑)
さて、列車は周参見(すさみ、地味に難読駅名やな)を抜けると、SL時代は最大の難所と言われ、C58が喘ぎ喘ぎ越えたといわれる双子山を越えると見老津(みろづ←これも地味に難読駅名やな)
ここから先は山が海に落ち込むような急峻な地形となり、僅かな海岸線を走るので、本当に景色が素晴らしく、美しい枯木灘が車窓に広がります。

ロングシートは疲れますが、前が空いていると、この景色が大画面のような迫力で楽しむことができるので
、これはロングシートの思わぬメリットですね。
まさに大スペクタルさて、列車は枯木灘に沿って進むと、紀勢本線の折り返し点のような串本に到着


串本を発車すると、車窓から見える橋杭岩
こんなにしっかり、ハッキリ見えるんです。

美しい荒船海岸

さて、那智駅に到着


熊野那智大社をモチーフにした那智駅の駅舎
1936年建築なので築90年ですね。

昭和の香りが残る駅構内
かつて寝台特急紀伊や急行きのくにが停車したとは思えないくらいの静かな佇まい。

駅前には、サッカーを日本に初めて紹介したといわれる中村 覚之助の紀念碑があります。
彼はこの那智の生まれですが、腎臓炎のため僅か28歳の若さで亡くなったそうです。
ちなみに、日本サッカー協会のシンボルマークである八咫烏は、この中村 覚之助の出身地である那智の熊野那智大社の八咫烏がモチーフだと言われます。

駅のすぐ裏に広がる海水浴場

とても美しいビーチ
#4で触れた広川ビーチも、これくらい海が近いといいのですけどね。

さて、夕方になったので紀伊田辺行きの列車に乗り、今夜の宿のある江住まて引き返すことに。
#6に続きます。


