#5の続きです。

 

↓参照

(2026年4月3日付)


年度変わりのため忙しく、なかなか記事が書けずにいます。


さて、那智から紀伊田辺行きの列車に乗り、再び西へ。

春の海って感じ。(湯川辺り)

美しい海と浦神半島
浦神湾と、浦神特産の真珠の養殖の筏
約42年前の1984年3月30日に降り立った紀伊田原駅

紀伊田原駅発行の乗車券


当時は駅員が2名いましたが、CTC化により翌年3月14日からは無人駅に。
串本駅で下車
厳かな本州最南端の駅の碑
串本はトルコとの友好親善の交流が続く町

これは、1890年9月16日、トルコへ帰国する親善使節団一行を乗せたエルトゥールル号が、折からの台風により大島の樫野埼灯台付近で大破・座礁
荒れ狂う嵐の中、事故を知った地元民が総出で救助に向かい、不眠不休の懸命の救助活動の結果、オスマン提督以下587名は殉職しましたが、69名は救出に成功し、治療後、翌年、旧海軍の軍艦でトルコの当時の首都つイスタンブールへ送り届けたという史実が由来です。

友好親善のキッカケとなったエルトゥールル号の碑

なお、この遭難から95年後の1985年のイラン・イラク戦争の際、日本からの救援機が来ずイランの首都・テヘラン空港に足止めされた邦人215名を、危険を顧みず救援機を飛ばして間一髪救助してくれたのがトルコ
エルトゥールル号遭難事件の恩を忘れず、95年後に恩を返してくださったという逸話があります。
当時、中学生でしたが、非常に感動したことを鮮明に覚えています。
それ以来、トルコは好きな国の一つになりました。
さて、再びというかまたまたというか、イランではきな臭い状況が続いていますが、この国際友好の史実を多くの人に知ってもらいたいですね。
串本に停車する新宮行きの列車
さて、入線する18:16発の紀伊田辺行きの列車に乗り、今夜泊まる江住へ。

今回は白浜・串本間の観光地ではなく、また駅近な宿で泊まりたいと思い検索したところ、たまたま江住で見つけたので、今夜はその宿にお世話になることに。

2両編成の列車の乗客は10人くらいでしたが、その中に18キッパーと思われる方が2人ほど。←18キッパー歴35年、何となく分かるのです(笑)
この18:16発の列車は大阪市内へ戻るのには最終となり、次の串本駅最終20ː13:発では日根野が限界となるので、紀伊田辺、御坊、和歌山と乗り継いで大阪に戻るのでしょうか?それとも、田辺辺りで泊まるのでしょうか?

まあ、向こうも、あの人、周りに何もない夜の江住なんかで降りてどーするんやろかって思っていたかもね。
18:44、江住に到着
夜陰に光る赤いテールランプに旅情をくすぐられますね。
列車が去ってしまい、再び静寂が訪れた江住駅

周りに何もない夜の江住駅


さあ、宿まで徒歩3分くらいとのこと。

暗闇の国道42号に沿って歩くので、車に轢かれないよう、赤く点滅する懐中電灯を点けていきましょう。

今回はここまで。

〜#7に続きます。