一寸先も見えない闇の中で、ハンベエとイザベラは向かい合っていた。この二人は、こんな闇の中でも物が見えるようである。ハンベエに見つめられたイザベラは、小さく口を開いて、「うふふ。」と笑った。蠱惑的なまでに、その仕草は美しい。闇の中というのに・・・いや、闇の中なれば尚の事であろうか。イザベラと対峙しているハンベエは、努めて心を虚しくしている。陰形に似た心の置き方であり、師フデンから学んだ剣の奥義の一つでもあった。そうでもしなければ、イザベラの妖気を帯びているのではないかとまで思える色香の前に、いつ何時、魂を吸い込まれてしまうか分からない。ハンベエはそんな危険を感じていた。最初の闘いの時以外は、常にハンベエに好意的な態度を示し、それがあながち嘘とも思えないイザベラであるが、ハンベエはイザベラ朱古力瘤手術る時はどういうわけか、必要以上の心理的な警戒を強いられるのである。全く、敵に回しても、味方にしても、一筋縄では行かないところが、恐ろしくもあり、魅力的でもあるイザベラなのだ。いっそ、この女の虜となって、己の心の中の本性を見極めて見ようかという思いがハンベエを襲うが、ハンベエの心の中にある何物かが固くそれを拒絶していた。(俺が俺でなくなり、俺の剣が死んでしまう。)ハンベエの心の奥底から警戒のシグナルが発っせられて止まないのだ。そういう、酷く疲れる葛藤を胸中に抱きながら、ハンベエはイザベラと接していた。「あたしの目的・・・あたしの目的はハンベエを助けてあげる事。バンケルクにはあたしの仕事の邪魔をされた仕返しもしたい事だし。」「今もって理由が分からないのだが、何故王女の命を狙い、何故それを止めたのだ。」「それは、前に言った条件をハンベエが果たしてくれないと教えてあげないよ。それに、今はそれは重要な事ではないでしょう。」「確かに、そうかも知れない。しかし、お前の事を信じていいのかな?」「あたしが信じられない?」「・・・いや、失言した。イザベラを信じよう。バンケルク風情の手先になるようなイザベラではなかったな。」そう言ってハンベエはふいに笑った。いつもの邪気のない笑顔である。「そう来なくてはね。一つ言っておくけど、あの闘いで見逃してもらってからは、いつだってあたしはハンベエの味方よ。信じないでしょうけどね。あんまり警戒しないでね。」「・・・。」「まあいいわ。それより、あたしに何かして欲しい役目がある?」「今のところはない。敵に回らないだけで大助かりだ。」「ふうん。・・・じゃあ、闇に潜んでハンベエの闘いを見守る事としようかね。何かあったら、あたしのやり方で支援してやるよ。又ね」イザベラはそう言うと、闇に溶けるように消え去った。一夜明けると、第5連隊連隊長コーデリアスが自刃していた。ハンベエはコーデリアスの側近からの報せで知った。側近の一人は、すぐに第5連隊兵士を呼び集めるようにハンベエに頼んだ。連隊長の死を連隊兵士に知らせる、ハンベエに否やはない。すぐさま、ヘルデン以下に命じて、連隊兵士を集めた。連隊兵士が集まると、側近はすぐ兵士の前に立って以下の事を告げた。「戦友諸君に告げる。連隊長コーデリアス閣下は今朝方、戦死した第5連隊兵士に対し、陳謝の意を表せられて自害された。しばし黙祷を捧げられたい。」兵士達は一様に驚きの声を挙げたが、それを告げた側近が、天を仰いで目を閉じてしまったので、それに倣って黙祷を行った。ハンベエ達も黙って目を閉じた。しばしの後、側近は目を開き、再び話し始めた。「戦友諸君の協力に感謝する。連隊長閣下から、諸君に伝えるよう賜った言葉があるので聞いてもらいたい。」ハンベエとこの側近は何の打合せもしていない。兵士の前で、見事とも言える弁舌を行うこの側近の次の言葉を、ハンベエは兵士等とともに待った。