水島漫画と言えば | 還暦フリーランサーのおしゃべり処

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元競馬専門紙記者/旧ブログ~「オヤジの競馬倶楽部」~
(ヘイトスピーチはご勘弁)

 子供達が学校に通っていた頃ですから、もう数年前の話。

 家族揃ってクルマで帰省する際に、激しい渋滞に見舞われると、運転者のみならず、同乗者もイライラします。子供達はいつ頃からか、退屈しのぎに「山の手線ゲーム」をするようになりました(全国的には「古今東西ゲーム」かな)。

 テーマはドラエモンの〝ひみつ道具〟でした。

 面白そうだと思って聞いていたのですが、まあ~何と言うか、姉弟譲らずに応酬が延々と続くのです。

 「どんだけ漫画読んでるんだよ」

 と思ってチャチャ入れようとした時、ふと思い出したことがありました。

 

 自分が高校生の頃。

 野球漫画『ドカベン』の単行本に出てくるセリフ(ネーム)を言って、それが何巻の誰のセリフか、を当てるというゲーム、というか勝負を弟としていました。

 で、なかなか決着が着かないのです。

 まだ連載中だったので、40冊分程度だったとは思いますが、業を煮やして、しまいには「あっ」とかいうセリフまで言い出したりして。

 

 前置きが長くなりましたが、水島漫画はそんなふうにして読んでいました。

 

  全編に漂った〝憂い〟

 

 〝水島漫画〟という呼び方は、〝水島野球漫画〟と言い替えることができるかと思います。

 でもね、私にはそんな単純な括りでは済まない作家さん、のはずでした。

 

 どの漫画家さんでしたか、「漫画家は3本ヒットさせれば巨匠である」みたいなことを書かれてました。水島氏は3本どころではないですから、疑う余地のない巨匠ですが、他の巨匠と違うのは、そのヒットさせた作品がほとんど野球漫画だったこと。つまり創作対象がひとつのテーマに特化していた、ということでしょう。

 しかし…。

 

 私が最初に読んだ水島新司作品は、『いただきヤスベエ』という小品でした。

 実のところはっきりとは覚えてないのですが、スリの話だったと思います。戦後が感じられたというか、貧しいながらひたむきに生きるクセのある人たちの日常、みたいな内容。

 

 次が『野球狂の詩』だったか『ドカベン』だったか(「男どアホウ甲子園」はもっとあとでした)。

 前者は社会からドロップアウトしていたり、ダラシない人間が野球という競技に関わる話でしたし、ドカベンとて主人公は体形はズングリムックリで鈍足。決してカッコいいキャラクターとは言えません。そもそも最初は柔道の話でしたし。

 

 その後に触れたのが『あぶさん』でした。

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 単行本のひと桁の巻(画像は13巻ですけど)で、誰だったかの書評というか解説が巻末に掲載されていて、これもうろ覚えですが、そこに「〝二流〟としての敗者の美学みたいなものが作品全体に漂っている」といったことが書かれていました。
 アルコール依存症、と言っていいような主人公が、実在するプロ球団に在籍し、代打専門の選手として登場する野球漫画。レギュラーにはなれない主人公の目線で、当然、現役で活躍している選手へのリスペクトが常に感じられる内容でした。大袈裟でなく、作者の現役選手達への〝愛〟が感じられたものです。

 

 要するに、氏の初期の作品には、独特の憂いがありました。私にとって一番の魅力はそこだったと思ってます。無論、野球そのものの描き方も突出してブチ抜けていますけど。

 

 ですから余計に、後年、作品全体が営業的な色合いを帯び始めて以降、近親憎悪的に氏の作品から離れてしまうことになりました。あぶさんなんて、聖人君子みたいになっちゃって、すべての現役選手から崇められ、レジェンド化してしまっては、私には完全に別の作品としか思えなかった。

 

 まあこの手の作風の変化というのは、ヒット作の長期連載を希望する出版社サイドの事情もあるのでしょう。でも、作品の完成度を後回しにしてるかのように感じられると、なんだかなあ、と思ってしまう。

 もっとも、長期連載作品と言っても 「サザエさん」とか「ゴルゴ13」とか「ちびまる子ちゃん」とか、あと我らが「じゃりン子チエ」とか、普遍的テーマを扱った作品は別として、ですよ。

 (「ガラスの仮面」と「はじめの一歩」の考察はまたいずれどこかで)

 

 高校野球編で、秋の明治神宮野球大会を完全スルーしたりですとか、MLBに対する意見などでも、ややもするとミスリード、と取れなくないこともありましたが、野球界への貢献度、ということをいえば、「ゲーム化してファンを増やし、現役選手へも影響を与えた」なんてこととは一線を画した偉業の数々。当然、野球殿堂入りが考慮されておかしくない人です(本人が辞退したそうですが)。

 特に現在のパ・リーグの隆盛の礎を築いた、という意味で、関係者は足を向けては寝られないでしょう。

 

 このあたりの話、つまり作品がいかに野球界とつながっていたかについて、いろんなエピソードが語られ、ネット上でも書かれていますが、以下のネタは見かけないので、このひとつだけ私の方で紹介させてください。

 

  〝阪急の三バカ〟

 

 かつて名古屋のテレビ局CBCの名物番組に『すばらしき仲間』というトーク番組がありました。覚えていらっしゃる皆さんも多いと思います。

 

 その中で阪急ブレーブス、近鉄バファローズの監督を歴任し、現役を退いた西本幸雄氏を、それぞれのチームの現役選手3人ずつの計6人が囲んで思い出話をする、という回がありました。

 近鉄の3人が誰だったかはっきり覚えてないのですが、阪急の3人の方はしっかり覚えてます。

 

 エンディングで西本氏がその3人と立ち話をするシーンがありました。

 

西本 「お前ら〝あぶさん〟て漫画知っとるか」

    (うなずく3人)

西本 「あれに〝阪急の三バカ〟て出てくるけど、それ、お前らのことちゃうんか」

   (揃って苦笑いでうなずく山田久志、福本豊、加藤英司)

 

 大正生まれの監督と、現役選手とのやりとりです。つまり〝あぶさん〟という漫画は、こういうレベルの浸透度だった、ってことでしょう。

 

 私どもも野球をやっていた頃にとどまらず、長じてからもお酒やら新潟への憧れやら、少なからず影響を受け、人生を豊かにしてくださった漫画家さんだったように思います。

 ご冥福をお祈りいたします。