GCM郡山に行ってきました その10 ~第4部編(下の2)~ | 正直、スマンカッタ!

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フリーランスライターSATOの仕事&プラペの記録。

「福島にはハンデがある。競争に勝つには何かが欲しい」
 会が佳境に差し掛かった頃、しりあがり寿さんがそんな発言をした。

 放射性物質の影響により、福島は大打撃を受けた。幸いにも健康被害等の実害は報告されていないが、風評被害という実害は被っている。農作物を売る。観光で人を招き入れる。産業を招致する。今後、様々な局面で福島はハンデを背負うことになるだろう。無論、放射線に関する妥当な知識を全世界の人が身に付けていれば、風評など起らないだろうが、政治思想や商売に福島を利用する人々が後を絶たない現状を見ていると、どだい無理な話だと諦めざるを得ない。

 だが、ピンチはチャンスでもある。相手が強い力でねじ伏せようとするならば、その力を使ってさらに自分自身を輝かせればいい。アントニオ猪木が言うところの風車の理論だ。スキャンダルで自分の名を高め、リング上のカリスマ性で興味本位の観客を魅了した猪木同様、この機会を使わない手はない。

「福島の今の状況がカッコイイというと、不謹慎だという人が出てくる」という意見もあった「そういう人は、概ね福島の人に優しくないけどね」と発言者は続ける。
 優しくない人を利用し続けるという手もアリじゃないかな。福島の危険を根拠なく訴える人が存在する限り、その手合いに怒りを感じる人たちも存在し続けるだろう。福島のことを助けようとしてくれる中で、いつの間にか福島の“おいしさ”にハマり、福島の情報を積極的に発信してくれる姿も数多く見受けられる。うれしい限りだ。
 なんだかんだで、福島は忘れられていない。しかし、津波被災地で現地の人が「忘れないで」と叫んでいる状況を聞くと、複雑な思いがする。過去に阪神・淡路大震災が地下鉄サリン事件で忘れられてしまった状況が、また繰り返されているような気がする。

「危険だとも安全だともではなく、なんとなくでしか福島を見ない人も少なくない。そういう人へ、どうPRするか。(今日の講師陣のみなさんに)そういう空気を作って欲しい」
 という意見も印象に残った。そうなだよな。危険でも、安全でもない、無関心層が一番多いわけで。そこに刺さるようなことをしていくのが肝心なんでしょうな。

 “ハンデをプラスにする”という意味では、八谷さんがちょっと違った視点でを提示してくれた。
「『一時的特区』という考え方もあります。例えば、(八谷さんもかかわっている)ロケットの打ち上げは、東方向に空間が広がり、漁業との調整が容易な場所がいいとされているので、現在の浜通りはピッタリです。『貧乳は正義だ』みたいな発想で、こういう使い方をしてみてはいかがでしょうか」
 ほうほう。俺の中じゃ貧乳は(ryだが、ホント、今の状況を逆手に取って色々な発想を取り入れられたら素晴らしいと思う

 八谷さんの意見を受けて、参加者からは
「アメリカのニューメキシコ州に宇宙空港作るアイディアができています。想像を絶するど田舎で、UFO着陸してもわからないくらいなんですが、現地に産業がないからこそ、生活する人たちの知恵で産業を招こうとしています。ただ、街に何か作ることを望まない年配の人もいる。それを乗り越えるアイディアがほしいですね」
 うーん難しいなぁ。何もないから産業を誘致する。しかし、新しいモノを入れたくない地域の抵抗がある。ましてやそれが海のモノとも山のモノともつかない存在なら抵抗は大きくなる。原発誘致した時も揉めたんだろうね。去年、ある会合で雑談した富岡町出身のおっさんが「ウチは原発に反対し続けたのに」と悔やんでいたのを思い出した。

「既存の枠を壊せば、(避難地域をはじめとする)現地の人の心をないがしろにすることもあります。気をつけないといけない」
 という参加者もいた。今回の問題に限らない話だけど、一つの意見を選べば、必ず切り捨てられる人が出てくる。切り捨てられる方とどういう風に向き合うかは、きちんと考えなくてはならないところだ。

 最後の質問として、八谷さんが昨日も福島会場で聞いた問いを投げかけた。
「反原発デモをどう思いますか?」

 福島会場では「被災地のことを考えてデモして下さい、と訴えたら御用被災者と呼ばれた。無意識の偽善と差別。デモやってる人は本当に幸せそうに見える」(久世さんのツイート引用https://twitter.com/mkuze/status/224440185159565312)とデモに対して非常に厳しい意見が飛び交ったが、郡山会場も同様だった。

 久世さんのツイートを含めつつ、いくつか上げてみる。
「再稼働反対を訴えた後に、電車使って帰ってきている」
「電気がないと死ぬという話、実感したという話を大阪の人(大飯原発の影響下にある)から聞いた」
 この二つの意見を聞いた上で、尻Pは釘を指す
「電気がなくていいのかという反論はガード低い。電気が少なくてもいいの?だろう」
 さらに続く。
「自分は電気が減っても平気だと思っても、弱い人がどうなるか考えて欲しい」
「仮に原発分の電気30%なくなったとして、私たちの生活から30%がなくなるのではない。病院や産業などの電気が必要な場にまわされるだろうから。生活からは30%以上がなくなるはず」

 この議論に入る前、講師陣からこんな意見が出ていたので参考までに。
「原発を止めることと、福島の安全は違うこと」
「原発を止めるには福島に不幸になってもらわないという意識がある」
 
 こういうのを見ると、原発推進派がどーのこーの言う短気な輩が出てきそうだが、事故後、福島は原発からの脱却を宣言もしているし、大多数の県民は納得している。大きい視点で見れば、脱原発で意見は一致しているのである。にもかかわらず、原発関連デモには良い感情を持たない福島県民は少なくない。「ノーモアフクシマ」のプラカードに対して、「福島はフクシマじゃねぇ福島だ」という反論があった、というのが全てを代弁している気がする。

 もちろん、福島県内にも国会包囲等に共感している人はいる。それでも、反原発デモが福島県内で大きなムーブメントにならないのは何故か? 陰謀論で語るのではなく、ちゃんと考えてみてほしい。

「デマでかき回されている福島県は、それどころじゃない。起ってしまったことを処理してからではないと、次のことを考えることはできないだろう。安定した生活を探しているのに、無用な不安を掛けられ続け、挙句の果てに国や東電に怒れと言われても…」
 結局、この意見にすべてが集約されているんだろう。そんなことやっている場合じゃない。福島県民は今を生きるのに必死なのだ。

 最後に、たまたま参加されていたマスコミ人から、貴重な意見を聞くことができた。
「福島の情報を外に発信するのが難しい状況にある。中央が欲しがるのは基準値を越えた情報だけ。早野先生が98%NDといっていたが、そういうのは取り上げない」
「中央は大飯原発再稼働で怒っている福島県民の絵がほしいという。でも、福島にはそんな人はいない」
「春の運動会、NHKはマスクしている子供ばかり撮っていた。そうじゃない子の方が圧倒的に多いのに」

 大手マスコミの構造上、どうしようもないだろうな。ここは自由に行動できるフリージャーナリストが立ち上がって、リアルな声をバイアスかけずに拾う報道をするべき。真の意味でのジャーナリズムを実現するためにも、記者クラブに頼らない自由な報道の協会を作ってみるのも手だ――あ、既に先駆者がいて、大失敗してるんだっけ。

 ま、こういうのはネット発で丹念にやっていくしかないんだろうけど、隈なく情報を届けるのが難しいという問題もある。今回のGCMも参加者の多くはツイッター利用者だが、世間全体に届けるにはもうひと踏ん張りというところだろうか。キクマコさんが第四部を評して「ツイッター的なものに偏り過ぎた」と言っていたのが強く印象に残った。個人的にはまたもやアントニオ猪木の「環状線理論」を思い出す状況である。(解説割愛)。

 〆にはZABADAK小峰さんが、福島の情景をつづった詩を朗読。故郷への思いが詰まったいい朗読だった。第四部終了後には、会場内で講師陣と参加者が名残惜しそうに談笑していた。記念写真を撮ったり、サインを求めたり。インディーのプロレス団体の試合後みたいなアットホームな風景を、俺はにこやかに眺めていた。
 第四部では安積咲さんが結構意見を述べていて、なんだかうれしい思いがした。安積さんは自分の言葉に自信を持って、積極的に発信してほしい。同行したロフさんは聞き手に回っていたが、次回は農家の息子という立場からどんどん発言してくれ(と、プレッシャーをかける)。それにしても、今回、講演ではなく、いろんな意見を生で聞く方向を選んだのは正解だった。おかげで自分の見識も広まったように感じる。

 勉強すれば放射線との付き合い方が見えてくるというのも実感した1日だった。ただし、万人に勉強をさせることなど、果たして可能なのだろかという疑問も沸いてくる。予備校時代、現代国語の講師が「共産主義を根付かせるには、一人ひとりが学習をしなくてはならない。だから、どの国も失敗しているのだろう」と話していたことがある(現国の問題にそんな内容の文章があったそうだ)。「勉強しろ」だけでは物事は動かない。だからといって、「南無阿弥陀仏」と一言唱えれば災厄から逃れられるような問答無用の印籠も不必要。ほどよく、うまいところで、テキトーに折り合い付けられませんかねぇ。

 まだまだ談笑が続く会場を後にすると、時計は18時50分あたりを指していた。7月半ばの日は長い。外はまだ明るく、蒸し暑さが残っていた。実に有意義な一日だった。ふと、建物の前に尻Pが佇んでいるのに気付く。すれ違いざま軽く会釈した後、どうしても言っておきたいことがあったので思わず話しかけた。

「自分で自分を差別するなという言葉に勇気づけられました!」
 前回、紹介した去年のブログ記事のことである。あの記事で何人の福島県民が助けられたか。

 尻Pはニコリと微笑みながら、

「福島県民はカッコいいよ。カッコよく生きてください」

 と返してくれた
 うん。俺、カッコよく生きる。尻Pの期待に応えてカッコいい福島県民になるよ!

 帰りはロフさんが車で郡山駅まで送ってくれるという。遠慮せずに助手席に座り、シートベールトを締める。ポケットからおもむろにスマホを取り出して時刻表を調べると、19時半の東京行きがあった。二階建てのMAXらしい。MAXは東北新幹線を引退するというから、これが乗り納めかな。お土産はゆっくり買う時間はないだろうな。駅の売店でままどおるでも探そう。予想より帰宅が遅くなったので、どこかで家族サービスして埋め合わせしないとな。近所のプールにでも連れていくか。

 あ・・・・・

 ごめん、尻P。

 俺、今、東京都民だったんだwwwwwww

 あのとき、横に正真正銘の福島県民のロフさんがいたから、大目に見てください(汗 俺にかけてくれた言葉は、福島の人に返そう。もう一度、みんなに良く聞こえるように、もう一度、書いておく。

 「福島県民はカッコいいよ。カッコよく生きてください」

※ようやく完結。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。