Vol.1064-1/3 R巻頭-176。琴電踏切フォトSKETCH-10<一宮~円座> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

新居宮池は今

池干し様相の宮池。

新居宮池親水公園と宮池。

白雲に覆われた宮池の上空。

宮池水上展望台を射る陽光。

 

 

Akijii-blog頭言Repeat-176  Orignal掲載日:Vol.349 (2015.09.10)

自分らしさ。

 

他人が持っているものを欲しがるのは人間の習性だし、「みんなと同じ」に安心する心理は誰にもある。
誰かが玩具を持っていれば自分も欲しがり、みんなが着ている服を着て、誰かに負けないように同じレベルの学校へ入り、といったような事をする。
大人になっても「友達が家を買ったから、自分も」と思う人だっている。

しかし、すべてを「みんなと同じ」に出来る事などはあり得ない。

いつも羨ましかった「ある人」と同じ職を手に入れても、今度は「別のあの人」の顔になりたくなる。
「他人が持っているものは、永遠に手に入らない」この事実を受け入れれば、自分が持っている宝物が見えて来る。

自分らしさとは、「神様にもらった果実」だと考えてみよう。

その果実は一種類で、自分の手で持てるだけという決まりで、神様のルールは自分に与えられた果実を大切に味わおうというものだが、「ウズベリーが食べたい」と思いながらリンゴをかじったら、せっかくのリンゴの味が分からないし、「リンゴが欲しい」と思いながらラズベリーを握りしめていたら、柔らかな実が潰れることだってある。
他人と自分が同じになろうということ自体が無理なのに、ないものねだりをして悩んでいたら、苦しくなるだけである。自分に与えられた果実は、人に与えられた果実と絶対に取り替えられないのだから、自分の果実を味わうのが一番である。「あの人みたいになれない自分はだめかもしれない…」そんな悩みは、人生の無駄遣いだと思う。

もっと自分のことに関心を持とう。
他人と比べるのではなく、自分だけに関心をもち、自分の中に持っているものを、見つけていこう。

そこに価値を見いだすと、その時に初めて自分の良さが分かる。
自分のもっている良いところは何かを考えてそれを大切にする。

その良いところを誰かのために役立てられないか考えてみる。

そんな自分らしさ…、素晴らしいではないか。
 

 

<高くがる空間>

ウォーキングコースの上空(ミラーマーキング)。

電車が通過する新川橋梁(上福岡町)の上空。

ことでん学園通り駅(三木町鹿伏)の上空。

学園通り駅から見るベルシティ駐車場と奥の白山の上空。

 

 

A seasonal flower 

◇町並巡りで出会ったアメリカノウゼンカズラ

  

◇町並巡りで出会ったパンパスグラス

 

◇宮池の遊歩道の山際のヌルデ

 

◇ウォーキングコース脇のサツマイモの花

 

◇ウォーキングコース脇のコエビソウ

 

◇ウォーキングコースの宮池への導入田圃道の彼岸花

 

 

<akijii展- (622) 

今報は、スクラッチアート(美しい日本の四季と風景-4点)-№1を掲載します。

№1:夏--北斎の赤富士・凱風快晴

所要時間は350M(5.8H)でした。

<線画>

<面画>

 

引き続き、Vol.1064-2/3をご覧ください。