日本昔ばなし 布曳滝
あらすじ
昔、三重県名張(なばり)に豪族が住んでいました。
その豪族の年頃の娘、紅姫(べにひめ)が、赤目山にばあやと一緒に紅葉狩に出かけたときのことです。
赤目山の紅葉は素晴らしく、紅姫はあまりの紅葉の美しさに
「母上様は紅葉がことのほかお好きだから、ひと枝持って帰って見せて差し上げよう」
と帰り際に紅葉の枝をひと枝手折りました。
すると、瞬く間にあたりの様子が一変し、強い風が吹いて霧が立ち込め全く辺りが見えなくなってしまいました。
紅姫は怖くなってばあやにすがって、ぎゅっと目をつぶりました。
そして風がやんで紅姫が顔をあげると、ばあやが居ないばかりかどういうわけか全く知らない場所に来ていました。
霧が晴れて自分が居る場所を見てみると、なんとそこは独立して立つ岩。
紅姫は断崖絶壁の上に一人立っていたのでした。
あまりの事に紅姫がうちひしがれていると
「いかなる理由があろうと山を傷つけてはならない。唯一の帰り道は崖の下にある。罰として紅葉の繊維を糸として百尺の布を織り上げ、絶壁を下りて帰るように」
と神様の声がして、機織り機が現れました。
紅姫はしばらく呆然としていましたが、帰る道は崖下にしかありません。
それから紅姫は紅葉の木から繊維をとると、恐る恐る機を織り始めました。
毎日必死に織り続けるも、慣れぬ機織りは進まず、とうとう季節は冬になってしまいました。
襲いかかる寒さ。
「いつになったら出来上がるのだろう」
かじかむ指で機を織る紅姫は、筵(むしろ)にくるまって吐息で指を温め、孤独感に涙をながすのでした。
そんな日々を過ごしていたある時、紅姫は夢を見ました。
それは、美しい紅葉の中、両親の前で舞を舞い、優しい母が喜んでいる姿でした。
「母上様に会いたい。」
夢から覚めた紅姫はそれから昼夜を問わず、何かに取り憑かれたように一心不乱に織り続けました。そうして春になるころに、ようやく百尺の布は完成しました。
「これで帰れる。母上様に会える。」
紅姫は百尺の布を紅葉の木にくくりつけると、それを伝って断崖の下にたどり着くことができました。
帰り道をふらふらになりながら歩き始めると、はぐれてからずっと山に登っては紅姫を探し続けていたばあやに出会うことができたのです。
「姫様、よくぞご無事で」
と駆け寄るばあやと再会を喜び合った紅姫は、今まで苦労して織り上げた百尺の布を見上げました。
すると、なんと紅姫が織った布は瞬く間に美しい滝に変わってしまいました。
驚く紅姫の耳に、
「百尺の布をよく織り上げた。お前の布を織りあげた時のこの魂が消えぬ限り、この滝は永遠に流れるだろう」
と神様の声が聞こえました。
紅姫が布を曳いて滝ができたので「布曳滝」と言い、今でもこの滝は途切れることなく流れ続けているということです。
※ 3.3尺で約1m 100尺=約30m