間(はざま)にいるもの | mishmar(ミシュマル)~星と宙と地球~

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星読みを使いながら、潜在意識へ アプローチしてエネルギーを紐解く「リーディングセッション」をしている あきらのブログです。星読みの面白さやスピリチュアルの世界観などを、ゆるゆると綴っています。






私は右半身と左半身とでは
エネルギーの仕様が違う。

それは数年前に
とあるエネルギー施術をしてもらった時に
気づいたこと。




右は地球タイプで
感情と肉体をダイレクトに感じとる。

それと同時に過去生とも繋がるから
今の私の感情以外に
別の時代を生きた感情とも一体化する。


加えてエンパスでもあるから
他人の感情や集合的無意識も入り込む。



それら全てを、右半身のみで
受け止める。





左は宇宙タイプで
星との一体感を知ってはいるが、
感情には疎く
体の使い方もよく分からない。




右半身と左半身では
受け取る情報も感覚も
まるで違う。




宇宙の私は何を意図して
同時にこの肉体に降りてきたのだろう?

自分の中で起きる、
この次元の違いの狭間に立つことは
長年苦しみでしかなかった。

本当に本当に。





それは意識の世界で
天国と地獄の両方を
一つの肉体で同時に体験するようなもの。

ある意味、壮絶な体感だ。










せっかく地球に降り立ったのに
何かを形に成すことのできない私は
ずっと自分を否定してきた。

間で もがき苦しむだけで
地球では当たり前のことすらできない。





生きづらさを感じる宇宙タイプの人でも
この地球で何かをつかみ表現しているのに、
私は数年前まで
なぜやって来なかったのだろう?と。

内観だけはストイックにやってきたけれど、
形に残せるものではなかったから
自己紹介でアピールできるものでもない。





誰かとこの思いを共有したくても
自分でもなかなか言語化できないこの感覚は
他者には理解してもらいにくく
孤独感は常にあった。

最近では
理解してもらおうとも思わなくなっていた。








でも、そんなジレンマを
解消できたような感覚の中に
今はいる。










私は「間(あいだ)」にあるもの。

宇宙と地球のどちらでもなく、
そのどちらでもあるもの。





この感覚を
やっと許すことができた。





なぜなら
「創造」とは間で起こるから。

何かと何かが作用(爆発)した時
新しいものが生み出される。





その生み出される美しいものは
いつも間(あいだ)で発生するのかもしれない。

間(はざま)とは苦しみではなく、
おそらく「よろこび」だったのだ。


私は苦しみしか知らなかった。
知ろうとはしなかった。












癒しと
浄化と
くつろぎと
安心感とともに、

自分を信頼して
そのままでいいんだと


宇宙人にも
地球人にもなりきらなくていいんだと





「あいだ」にいていいんだと
ようやくそう、思えたんだ。