「あ、はい。全部壊しちゃって良いですよ。」
4年ぐらい前から通っている美容院にいる。
パーマをかけている、思い出に。
数週間前、かるくパーマをかけた、髪に。
でも、自分が想像していたのより
少しかかりが弱かったので、
3日後にもう一度かけてもらった。無料だった。
その時にパーマの原理を聞いた。
まず、第1液で髪の組織を破壊して、
丸く矯正した状態で第2液を染み込ませ、
髪に新しい組織を覚えこませるのだそうだ。
今回は、新しい組織を覚えこませる時間が足りなかったらしい。
今度、これを心にも使えるようになるらしいという話を聞いていた。
1週間前、3年と65日、付き合った彼女と別れた。
飲み会に行っただけで、機嫌の悪くなる彼女に嫌気がさして、
振った。
あと、虫の居所が悪かった。
自分で振ったのに
毎日、毎朝、1時間おきに、1分おきに
彼女のことを思い出して仕方がない。
楽しかったことばかり。
嫌な思い出も、思い出すことは楽しかった。
全く、吹っ切れない。
美容院に電話した。
「心のパーマかけたいんですけど。」
モニターとして、かけてもらえる事になった。
まぁ、ある意味実験台だ。
学者みたいな人も奥で観察している。
「いいの?ほんとに。」
「はい。」
「あの3年ぐらい前から付き合ってた彼女との思い出だけだよね。
その中でもきれいに残しておきたい物ってないの?」
「あ、はい。全部壊しちゃって良いですよ。」
「あいよ。」
4年も通ってると、
月1ぐらいで会ってるわけだから
学生時代の友人なんかよりも会う頻度が高い。
希望の髪形って伝えるのが面倒だけど
雰囲気で伝わるようになって、もう長い。
だから、どんな彼女でどんなデートをしてるのかも
知られてしまっている。
全部壊してもらった。
壊すって言うのはどういうことかと
学者風の男が説明をはじめた。
「思い出をなくしちゃうわけではないんです。
それを体験した時の気持ちをコントロールしてしまうわけです。
例えば、女の子とはじめて会って、ある仕草に対して
(かわいい)と感じたとしましょう。
その時の気持ちをコントロールして壊します。
(かわいい)と感じた仕草を今度は
(気持ち悪い)と感じたことにします。」
「今回、あなたからは「楽しかった彼女との思い出」を
壊してくれというお話を頂きましたので
徹底的に壊しました。
これで、彼女と過ごした日々の記憶はなくなりませんが
その思い出のどれをとっても
マイナスの感情が生まれたことになっています。」
(ほんとだ)
彼女との初めて会った時、
まぁ、友達の紹介という名のコンパだった。
料理とかを良く取り分けてくれて、
気が利く子だなんて、だまされない。
嫌いなものを自分の皿に乗せないための作戦だったんだ。
好き嫌いのない、良い子に見せるための。
好き嫌いたくさんあったもんなぁ。
セロリ、ピーマン、ウニ、納豆って。
初めてのデートの時、
最初、「5分遅れちゃう、ゴメン」ってメールが来て、
5分後「やっぱり10分遅れちゃう、ごめんなさい」ってメールが来て
20分後「わーん、30分も遅れちゃうよー。怒って。」ってメールが来て
結局、来たのは待ち合わせ時間の45分後にかわいい笑顔見せてきた。
あの時は、細かい連絡のできるかわいげのある子だなー、と思ってたけど
良く考えたら、ただの遅刻野郎じゃねーか。
レストランで体重気にしてるからって、メインディッシュは残すのに
デザートはきちんと食べやがって、
女の子らしいとかじゃねーよ。
それは、気にしてねーって事だよ。
誕生日とかクリスマスにもプレゼントあげたな!
あの時の「あの笑顔…。」
どうせ「してやったり」とか思ってたんだろ。
「あの笑顔…。」
ケンカした時も「あの笑顔」に全部、誤魔化された。
「あの笑顔」が全部解決してくれた。
疲れたときも「あの笑顔」が助けてくれた。
一週間、それだけでがんばれた。。。
おいおい!
なんだよ、破壊されてねーぞ!思い出が。
俺は「あの笑顔」が好きなんだよ。
もう壊したくなんかない。
作りたいんだ、あの笑顔を。
1ヵ月後、いつもの美容院に行った。
「どうだった?きれいさっぱり?
新しい恋なんかしちゃってるの?」
いつものように、軽い感じで話し掛けてくる。
「いや。」
寄りを戻し、楽しい日々を送っていることを伝えると。
「え?そうなの。あ、そう。まぁ良いじゃない、ハッピーなら。
「ふーん。そっか。パーマのかかりがわるかったのかなぁ。」
と、言いつつ
鏡越しに「ニヤッ」と笑う、口元が見えた。