ミタクエオヤシン -2ページ目

ミタクエオヤシン

ミタクエ・オヤシンとはネイティブ・アメリカン、ラコタ族の言葉で「私に繋がる全てのもの」という意味です。
だから、みんなつながっていこうね!

日々日常、非日常、音楽、映画、宇宙、スピリチュアル・・・などを綴ります。

 

 

明日(11日)は新月


旧暦8月1日

 

12時27分に

何か新しいことを創めよう!

古いものは捨てて・・・


そして音を奏でよう

舞とともに・・・

歌とともに・・・



銀河の宴を始めよう~♪
↑クリックするとキオクノトビラ・モードへテレポートします


∞●∞ ∞●∞ ∞●∞ ∞●∞ ∞●∞ ∞●∞ 

 

ここ最近、雨が多い。

 

しかも、ただの雨ではない。

 

突然の豪雨になり、道路が川のようになり、
あっという間に街が水に覆われる。

 

昨日まで普通に走っていた道路が、
今日は川になっている。

 

昨日まで普通に停めていた車が、水に浸かってしまう。

家も、仕事も、暮らしも。

 

「いつも通り」だったはずの日常が、ほんの少しの時間で変わってしまう。

 

そんな光景を、僕たちはニュースやSNSを通して何度も目にするようになった。

 

そして、ふと思う・・・

 

「日常って、いったい何なんだろう?」

 

僕たちは毎日、朝起きて、ご飯を食べて、仕事をして、
買い物をして、家に帰って、眠る。

 

そんな繰り返しを「日常」と呼んでいる。

 

でも、その日常は、本当はとても fragile なものなのかもしれない。

 

大雨が降る。

地震が起こる。

戦争が始まる。

経済が揺れる。

社会の価値観が変わる。

 

昨日まで「当たり前」だったことが、突然、当たり前ではなくなる。

 

世界を見渡してみても、「まさか、こんなことが起こるなんて」

と思うような出来事が、次々と起きている。

 

それは・・・
まるで僕たちは今、「日常と非日常の間」に立たされているように。

 


日常と非日常の間

その境界に立っていると、なんとも不思議な感覚になる。

完全に日常でもない。

 

かといって、完全に非日常でもない。

 

いつもの生活を送りながら、どこかで、「何かが変わってしまった」と感じている。

 

そんな感覚。

 

もしかしたら今、僕たちの多くが感じているのは、そういうものなのかもしれない。

 

そして、こういう時代の変化を見ていると、

 

昔の人々が残してきた「神話」のことを思い出すのだ。

 

神話の中では、主人公がある日突然、それまで暮らしていた世界を離れる。

 

森へ入る。

海を渡る。

洞窟へ入る。

暗闇の中へ降りていく。

 

そして、そこで何かを失い、
何かを見つけ、別の存在になって帰ってくる。

 

これは単なる冒険物語ではなく、

 

「古い世界から新しい世界へ移るための通過儀礼」として見ることもできる。

 

古い自分を脱ぎ捨て、まだ見えない世界へ入っていく。

 

そして再び戻ってきたとき、もう以前と同じ自分ではない。

 


もしかすると、今も……

……なんだか、

今の地球も少し似ていると思えてならない。

 

もちろん、災害に遭った人たちの苦しみを、「これは時代の変化だから仕方ない」

なんて片付けることはできない。

 

現実に困っている人がいて、失われるものがあって、
そこには一人ひとりの生活があるのだから。

 

だからこそ、僕たちは今起きていることを

ちゃんと現実として見つめる必要がある。

 

そのうえで、もし今、世界全体が
大きな変化の途中にあるのだとしたら……

 

この混沌の向こうには、
いったい何が待っているのだろう?

 


古い物語が終わるとき

僕は、「時代が変わる」ということは、

単に政治や経済の仕組みが変わることだけではないと思っている。

 

その時代を生きる人たちが、「世界とは、こういうものだ」

と思っていた、その「物語」そのものが変わること。

 

これまで僕たちは、競争すること。

 

所有すること、成長すること。

 

効率よく生きること。

 

より多く、より速く、より便利に。

 

そんな価値観を、ひとつの「当たり前」として生きてきた。

 

もちろん、それによって得られたものもたくさんある。

 

でも今、その物語だけでは説明できないことが増えてきている。

 

地球環境、戦争、分断、孤独、情報の洪水。

 

そして・・・

 

「豊かになったはずなのに、なぜか満たされない」という感覚。

 

もしかすると、古い物語が少しずつ終わりを迎えているのかもしれない。

 


そして、新しい神話へ

神話という言葉を聞くと、「昔の人たちが作った物語」というイメージがある。

 

でも僕は、神話って、もっと生きたものなんじゃないかと思う。

 

世界が大きく変わるとき、人間は必ず、

 

「僕たちはいったい何者なのか?」

「この世界はどこへ向かっているのか?」

「これから、どう生きればいいのか?」

という問いを持つ。

 

そして、その問いから、新しい物語が生まれてくる。

 

もしそうだとしたら、

 

僕たちは今、

 

新しい神話が生まれる時代

 

に立っているのかもしれないのだ。

 

古い神話を捨てて、新しい神話を作るというより、

これまで別々だと思っていたものをもう一度つなぎ直す。

 

人と自然、科学と精神、物質と意識、過去と未来、地球と宇宙。

 

そして、

僕たち一人ひとりの中にある小さな記憶と、大きな世界。

 

そんなものたちが、もう一度ひとつの物語としてつながっていく。

 


新月は、まだ見えない

新月の日には、月が見えない。

 

でも、見えないからといって、月がなくなったわけではない。

 

ただ、光の当たる場所がまだこちらから見えていないだけ。

 

なんだか、今の僕たちのように。

 

これから何が始まるのかは、まだわからない。

 

世界がどこへ向かうのかも、誰にもわからない。

 

日常が揺らぎ、非日常が入り込み、その境界で僕たちは少し迷子になっている。

 

でも、もしかすると、その「わからなさ」の中にこそ、

次の時代の種が眠っているのかもしれない。

 

だから、今すぐ答えを出さなくてもいい。

 

わからないままでもいい。

 

少し立ち止まって、空を見上げてみる。

 

雨の音を聴いてみる。

 

風を感じてみる。

 

そして、

「僕たちは今、どんな時代を生きているんだろう?」と問いかけてみる。

 

その問いそのものが、新しい物語の始まりなのかもしれない。

 


僕たちは、どんな神話を生きるのだろう

もしかしたら、今起きていることは、

ひとつの時代の終わりなのかもしれない。

 

そして、まだ名前のない新しい時代の始まりなのかもしれない。

 

その境界に立つ僕たちは、古い世界を懐かしみながら、

まだ見えない未来を少し怖がりながら、

それでも一歩ずつ、次の世界へ歩いていく。

 

その先にあるのが、

「新しい神話の時代」なのだとしたら。

 

そこでは、誰かが一方的に正解を教えてくれるのではなく、

僕たち一人ひとりが、自分自身の物語を生きながら、

同時に、大きな地球の物語の一部になっていく。

そんな時代なのかもしれない。

 

新月の闇の中では、まだ何も見えない。

でも、見えないからこそ、

そこには何でも描くことができる。

 

さて・・・

僕たちはこれから、どんな物語を生きるのだろうか。

 

どんな世界をつくり、どんな神話を、

 

次の世代へ手渡していくのだろう。

 

その答えは、まだ誰にもわからない。

 

だからこそ、今夜は静かに、

この新月の闇の中で、次の物語のページを開いてみようと思う。

新しい神話は、
もしかすると、
もう始まっているのかもしれない。


酔い新月の日を♪

 

********************

 

新月に祈りを !

セイジセイジ~♪

沈黙の音に耳を傾け

闇の音を楽しもう~♪


そして、失われた記憶を呼び起こそう!

大いなる宇宙意識への目覚めへ向けて

宇宙の宴を♪

銀河パーティーを♪


新しい時代へ向かって!

 


セイジ

 

 

*******************

 

☆さてamamaniaの祝♪新月ミュージック・コーナー!!

 

 

 

 

☆ライブのお知らせ☆

来る9/23の秋分の日に、恒例の『銀河縄文音宴』を開催します。

今回はスペシャルゲストに絵師タニアン(谷川裕光)をお招きし、

ライブペインティング をおこないます!

乞うご期待♩(^O^)

 

 

 

 

明日(28日)は満月

 

旧暦7月16日

13時19分に

 

何か新しいことを創めよう!

古いものは捨てて・・・

そして音を奏でよう

舞とともに・・・

歌とともに・・・

 

銀河の宴を始めよう~♪

↑クリックするとキオクノトビラ・モードへテレポートします

∞〇∞ ∞〇∞ ∞〇∞ ∞〇∞ ∞〇∞ ∞〇∞ ∞〇∞ 

 

満月ビームがやってくるよ~♪

 

 

満月の夜。

 

月が、煌々と空に浮かんでいる。

 

いつもなら、
この月を見ながら何かを考える。

 

これからのこと。
 

これまでのこと。

 

自分はどこへ向かっているのだろう。
 

この世界は、どこへ向かっているのだろう。

 

宇宙は何を伝えようとしているのだろう。

 

そんなことを、あれこれ考えたりする。

 

でも、今夜は。

もう、探さなくてもいいんじゃないだろうか。

 

答えを探さなくてもいい。
 

意味を探さなくてもいい。
 

自分の中にある何かを、
無理に見つけなくてもいい。

 

月は、
何も説明しない。

 

ただ、そこにある。

 

夜空に浮かび、
静かに地上を照らしている。

 

それを見て、
何かを感じてもいい。

 

何も感じなくてもいい。

 

月を眺めてもいいし、
眺めなくてもいい。

 

今日は疲れたな、と
そのまま眠ってしまってもいい。

 

何かに気づこうとしなくてもいい。

 

何かを変えようとしなくてもいい。

 

ただ、
今日という一日を生きている。

それだけでいい。

 


 

僕たちは、
いつも何かを探している。

 

幸せを探し、
答えを探し、
自分らしさを探し、
魂の記憶を探し、
まだ見ぬ未来を探している。

 

遠い星を見上げて、
宇宙のどこかにある
「本当の自分」を探したりもする。

 

でも、

もしかしたら。

 

探している場所には、
最初から何もなかったのかもしれない。

 

探すことをやめたとき、

ふと気づく。

 

ここにいる。

 

ずっと、
ここにいた。

 

足元には大地があり、
頭上には空があり、
胸の奥では心臓が静かに動いている。

 

月があり、
夜があり、
風があり、
虫たちの声がある。

 

そして、
自分がいる。

それだけ。

 

でも、

「それだけ」の中に、
いったいどれだけのものが
存在しているのだろう。

 


 

新月は、
闇の中に何かが生まれる場所。

 

満月は、
その生まれたものを
明るく照らす場所。

 

そんなふうに考えていたけれど、

 

今夜の満月は、
何かを照らして
「これを見つけてごらん」と
言っているようには見えない。

 

ただ、
月明かりがそこにある。

 

それだけだ。

 

だから今夜は、
何かを見つけなくてもいい。

 

何かを理解しなくてもいい。

 

ただ、
この世界の中にいる。

 

地球という星の上で、
この瞬間を生きている。

 

それでいい。

 


 

「日と月の間で。」

僕がこの場所に惹かれてきたのも、
もしかしたら同じ理由なのかもしれない。

 

昼と夜の間。

 

光と闇の間。

 

過去と未来の間。

 

見えるものと、
まだ見えないものの間。

 

その「間」には、
答えがない。

 

だからこそ、
いろんなものが存在できる。

 

決めなくてもいい。

 

急がなくてもいい。

 

どちらかにならなくてもいい。

 

ただ、
その間にいる。

 

月と地球の間に、
静かに夜空が広がっているように。

 


 

今夜、
月を見上げる人もいるだろう。

 

月なんて見ない人もいるだろう。

 

忙しくて、
満月だったことさえ
忘れている人もいるかもしれない。

 

それでいい。

 

誰かに何かを感じてもらう必要もない。

 

何かに気づいてもらう必要もない。

 

満月は、
そんなことを要求しない。

 

ただ、
そこにある。

 

そして僕たちも、

ただ、
ここにいる。

 

それでいい。

 


 

だから今夜は、

「何かを探さなきゃ」

ではなく、

「何かを感じなきゃ」

でもなく、

ただ、

ここに。

 

月がある。

夜がある。

僕がいる。

それだけ。

 

そして、
それだけの夜を、

少しだけ
そのままにしておこう。

 

満月は、
何も言わずに
空に浮かんでいる。

僕もまた、

何も言わずに、

ただ、ここに。

 

 

酔い満月の日を~♪(^O^)

 

************

 

大いなる祈りを捧げよう♪

セイジセイジ~♪

みんなつながっているぜぃ~!!

そして生かされていることに感謝しつつ…。

宇宙の神秘に身をゆだねよう♪

新しい時代は始まっている!

新しい神話のプロローグを生きよう~♪

宇宙とともに

新しい現実を創っていこうぜぃ!

HO!ミタクエオヤシン!!

 

そして

 

地球とつながろう♪

星とつながろう♪

女神の時代が始まるよ~♪

 

 

********************

 

🌀amamaniaの 祝!満月ミュージック・コーナーです🌀

 

 

 

 

その名もアンジーン・ド・ポワトリン(Angine de Poitrine)!!

 

 

Angine de Poitrineは、カナダ・ケベック州サグネ出身のロックデュオである。2019年に結成された。バンド名はフランス語で「狭心症」。メンバーはそれぞれクン・ド・ポワトリーヌとクレック・ド・ポワトリーヌという名前で活動している。実験的ロックと視覚的演出を組み合わせたスタイルで演奏する。(ウィキペディア)

 

そして、自分たちは宇宙人で、現在333歳だと言っています(^^;)

 

 

ミタクエオヤシンでは、スピ系の記事が多いですが、自分は音楽をやっているんで、「音楽活動・楽器ジャンル」に入ってます。

 

てなわけで、たまには音楽的な話をしましょう(笑)

 

このロック・ディオを知ったのは、つい2カ月ほど前ですが、その摩訶不思議なビジュアルに何気なくクリックしてみたら、なんだこの炸裂するビートと脳みそを刺激する音の渦は!!と。

ぼくは一発で虜になってしまいました(^^;)

 

先日のフジロックで初来日もしたのですが、フジロック公式のプロフィールには

「タイトなドラムとダブルネック・微分音ギターが絡み合う、非対称で不協和音を伴う催眠的なサウンド」

と。

 

 

いわゆるメロディはありません。それはインストルメンタルという意味だけではなく、つまり主旋律がないのです。

あ、何曲か聴きましたが、たまにギターソロ的なメロディはあります。

ビートはほぼ変拍子で、なにやら中近東っぽさを感じるリフによる反復サウンドです。

足元には、様々なエフェクターが並んでおり、主にルーパーによって、音を重ねていきます。

フットスイッチやペダルの足さばき?を見ているだけでも楽しめます(^O^)

 

 

彼らは自分たちのサウンドをマイクロトーナル・ロックと称していますが、微分音とは半音をさらに半分にした「四分音」で、つまりドとドのシャープの間があり、この場合、1オクターブが12音ではなく24音になります。

 

ギター&ベースのクン・ド・ポワトリーヌは、この四分音のギターと四分音のベースをダブルネックに改造しているのです。

 

まあ説明はこのくらいにして、とにかく聴いてみてください(^O^)

 

 

 

ツッコミどころはいくらでもありますが、冒頭では少し宇宙語を話しているようです(笑)

 

ちなみに演奏に入る前に、クン「いってみますかぁ」、クレック「いこ!」って聞こえるのはぼくだけでしょうか(笑)

それに最初に「アーウー」を繰り返してますが、これって宇宙の言霊、日本語じゃん!!

 

こんなのもありましたよ。

あのレイトショーというアメリカの超人気番組にもゲスト出演したようです。

 

 

 

いろいろ検索していたら、とてもわかりやすく解説している動画を見つけました。

 

 


 

それにしても、真夏の野外の動画もたくさんありますが、あんな格好で暑くはないのでしょうかね?

あ、いやいや彼らは銀河の彼方からやってきた宇宙人ですからね(^O^)

 

最後に、フジロックのライブ映像をシェアしときますね♪

 

 

ちなみに、YouTubeにはカバー動画もたくさんありますが、このアンジーン・ド・ポワトリンのシタールとタブラ・バージョンのカバーとかあったら面白いだろうなと思ってます(^O^)

 

さて、この記事も『銀河文明ガイドブック』に入れちゃいますか!

 

地球文明において、只今絶賛バズリ中のこのディオ!
アンドロメダあたりの銀河ステージでも観てみたいなぁ(^O^)
彼らはアンドロメダ人かなぁ?

 

▽おまけ~♪