以前何度か訪れたブログを久しぶりに覗いてみることがあります。
リンパ浮腫ではないが弾性ストッキングをはく病気の男性のブログを
久しぶりに訪れました。
自分が他人と違うのはストッキングをはいているところだけと書いていて、
活発に趣味のスポーツもしているようです。
その人が整形外科に行ったときのことが書いてありました。
病気のせいでふつうに座れなくて腰を浮かしたような姿勢で
待合室にいたら、そばに座っているおばあさんが
びっくりしたような顔で彼を見つめていたというのです。
老人でも普通に座れるのに自分は座れないとそのブログ主は嘆いていました。
考えたら、
その老人も、病院に来ているのだから、
どこかが悪いから来ているのだと思われるし、
老人ならいろいろ他にも悪いところあるだろうから
全然健康じゃないと思われるのですが。
好奇心の視線にさらされているのではないかという恐怖。
リンパ浮腫の患者さんならわかると思います。
さらんは、
膝から下がすごくむくんでいたことがありました。
道行く女の人がじーっと人の足を見詰めているのに気付き・・・
その時の感じはですねー
リンパ浮腫の患者さんなら、一度は体験したことがあるかも。
見ていた景色が変わってしまうんですよね。
色が薄くなるというか、半透明なカーテンが他の世界戸の境目に引かれると言うか。
自分だけ後ろに下がっていくような。
話は全然変わりますがー
新聞の身の上相談に、
手に障害がある5歳の男の子のおかあさまからの相談文を読んだことがあります。
お子さんがお友達と遊んでいるところを見たら、
友達に手のことを言われ、自分の子供がたちすくんでいるのを見た、
という内容でした。
回答者の文は、
「5才の男の子が立ちすくんでいたら、走って行って抱きしめてあげたくなります。」
というのから始まっていました。
病院で見知らぬおばあさんのぶしつけな視線にとまどっていた彼は
5歳の男の子に戻って立ちすくんでいたのでしょう。
さらんも先日立ちすくんでしまったことがありました。
グラデュエーターにビジューがついてるサンダルがバーゲンになっていたので
欲しくなって試着することに。
そのとき分厚いおばあさんがはくようなラクダの股引色の(我ながらものすごく的確な表現だと思われ)オープントゥの弾性ストッキングをはいていたのですけど、
サンダルのひもが細かったので、
このストッキングをはいているとおかしい。
店員さんに「そのストッキングははいて履くのですよね?」
と言われました。
さすがにこのストッキングでは履かないでほしいと思ったのでしょう。
履かない時もあります」と言いましたが、
「一生このストッキングを履かなければならないのだ」と思うと
白いカーテンが目の前にひかれ、
さらんは5歳の女の子になって立ちすくんでしまいました。
「このサンダルは、あたなのような股引色のストッキングをはいている人がはくべきものじゃない。あなたがはける靴はここにはない。ここは普通の人だけが来ることができるのです」
突然そう宣告されたように感じ、短い間ですが、ほんの一瞬、「茫然自失」になりました。
茫然自失。とほうにくれる。
茫然自失ですねあの状態は。
今から考えるに、
もっとすれた店員さんだったら、バーゲンだし、売れればいいのだから
細かいところはどーでもいい、でスルーして接客してたと思うのですが、
お客様にあう靴を探すのが自分の使命の良い店員さんだったのでしょう。
全然に会ってないのに、「お似合いじゃないですかー」と言って(でも苦笑がはいってる)
売りつけようとする店員さんより数段ましです。
(「お似合いですね」ならいいのですが、「じゃないですかー」と店員さんが行った時は、
反対の意味を思ってるのを隠す時に使うフレーズだとさらんは思っています)
安かったのでやっぱり買いました。
うちに帰ってはいてみると、やっぱり、うーん。
もう一生この手のサンダルははけないのか…
前は薄いストッキングタイプをはいていたからあまり気にしなかったのだけれど。
今はこの分厚いのをはかないとだめだからなあ。
今送っている生活は、一般人とは違って
おしゃれもできないのだなあやっぱり。
ちょっと慣れてきて忘れていたことを思い出すと目の前に薄いもやがかかって
自分だけ違う空間にいるような、
目の前の景色が映画の画面のような異世界に見えてしまう瞬間がありー
5才の女の子のさらんは、病院の待合室で立ちすくんでいる5歳の男の子の隣に座り、
「あたしもサンダル買おうとしたら店員にびっくりされて、あなたが買うサンダルじゃないって言われたの。
あなたはわたしたちと違う、住む世界が違うって言われたの。」
と話しかけ、
「あいつ人のことじろじろ見て最低!」と
ぶしつけな視線を送っているおばあさんをすごい顔でにらみつけてやるのでした。