時は1970年代、、

旧西側諸国ではDC-10やL1011、はてはヨーロッパ製のA300が飛び交い、さらに超大型機のB747が進空していた。

 

「今後は航空輸送においても大量輸送時代を迎える」

 

そう感じたソビエト社会主義共和国連邦(以降:ソ連)の指導部は来るモスクワ五輪を見据え、大型民用機の開発を各設計局に指示した。

設計局とは西側で言うところのメーカーに近いが、少々ニュアンスが異なる。

アメリカでは基本的に設計から生産までをメーカーが一貫して行う。

外地での合弁企業で生産したり、部品単位では協力企業で分担して製造するが、基本は自社で組み立てを行い引き渡しも行う。

一方でソ連では異なり、イリューシンやツポレフといった設計局は機体や各部品の設計を行うが製造自体は別の組織が行うことも多い。

 

こうしてモスクワ五輪に向けて急ピッチで開発されたのがソ連初のワイドボディ機、、

IL-86である。

(モデルは中国新疆航空のもの。旧ソ連以外では数少ない輸出例です)

まず、このIL-86はこれまでのソ連の航空機とは一線を画した立案の基で設計されている。

 

1)軍事転用を考えていない

2)未舗装滑走路を想定していない

3)2000m以下の滑走路での運用は想定していない

 

基本的に民用航空が空軍の傘下であるソ連では航空機は軍事転用を考慮して開発されるのが常である。

しかし、IL-86は最初から民用輸送機としてしか設計上考慮されていない。

これは将来的に輸出も視野に入れていたためと思われます。

(軍用タイプとしてIL-80が生産されるが、これは当時この機材がソ連で最大であったことが最大の理由)

 

また、大量輸送が念頭であったため未舗装の滑走路は設計上の考慮から外されている。

これは都市圏の空港であれば舗装された滑走が整備されているためである。

つまり小さな地方空港での運用は考える必要がなかった。

同様に大量輸送を行うわけなので、必然的に重量が増加する。

そのため滑走路は2500mを基準として計画され、それまでのソ連機に見られた過度なSTOL性能は求められなかった。

その結果誕生したのは西側諸国で見ても違和感のない、いたって普通の旅客機であった。

(全体としてずんぐりした印象でA340というよりA300を4発にした印象)

 

しかし、、、

そこはソ連である。。

このIL-86にもソ連らしさがあふれている。。

 

ソ連らしい点その1:細長いエンジン

先代機のIL-62を超える輸送力を期待されたが、当時のソ連では燃費効率のよい高バイパスターボファンの開発が遅れており、IL-86用のエンジンも開発が間に合わず、IL-62が搭載したクズネツォフNK-8型の改良型NK-86を搭載した。

しかし推力の強化は行ったものの、それでも燃費効率は芳しくない上に出力も当初の見込みより低かった。。

結果として航続距離が著しく短くなる事態を招くことになる。

 

ソ連らしい点その2:エアステア完備!

いくら舗装された滑走路を前提としている!としても当時のソ連の空港事情は決して満足のいくものではない。

そもそもボーディング・ブリッジなんて無いのが普通なのです。

おまけにタラップ車だって十分ではない。

そこでこんな大型機、、、タラップ車1台では搭乗に時間がかかってしまう。。

なのでこのIL-86は床下にエアステアを格納しており、その数はなんと6基!

またメインデッキのドアは基本的に脱出用の非常口であり、搭乗はエアステアを使うことを前提としている。

ついでに貨物室のフロアを通るので、そこで手荷物を預けるため、キャビンの荷物格納スペースは簡素化されている。

 

ソ連らしい点その3:大きなタイヤとセンターギア

横から見るとノーズギアのタイヤが大きいように感じられるが、、、実際に大きい。。

実はメインギアとほぼ同じ径のタイヤが使われている。

こうすることで接地面積が増え、路面への圧力が軽減される。

またIL-86ではセンターギアが装備された。

そのセンターギアも4輪式、、

最大離陸重量は208トン、、

タイヤの数は14輪で1輪当たり15トン程度、、

L1011やDC-10が1輪当たり20トン以上の負荷があることを考えるとかなり配慮されているといえる。

 

更にこのIL-86はソ連の航空機である種の革命を起こした機種でもある。

旅客機として初めてエンジンを主翼に吊るす、、パイロンを介して吊り下げる方法を採用した航空機なのです。

(ソ連で初めてこの方式を使ったのはIL-76)

エンジンを翼に吊り下げるのは機材の大型化には必須ともいえる。

実際、IL-86の最初のラフデザインではIL-62と同様に4発のエンジンをリアに配置していた。

 

大量輸送を見込んで開発されただけに胴体は極めて太く、かなりずんぐりとした印象を受ける。

(そっくりさんで有名なA340と比較、、)

この太い胴体は最大で350名の搭乗を可能にしていた。

しかし、太い胴体、全金属製の重い機体、非力なエンジン、、、

想像に難くない、、、

IL-86はソ連初の大型民用機でありながら、その活躍の場所はかなり限られていた、、、

なにしろ、、、

頑張って4500キロ程度、、、

基本的には3500キロ程度の航続能力しか持ち合わせていなかったのです。

結果として、長距離路線では引き続きIL-62が使用される状態が続くことになった。

更に、、、

当初の開発目標、、モスクワ五輪にも間に合わなかった、、、

 

さて、、ここまであまりいいところのないIL-86ですが、、最後にこの飛行機の素晴らしいところを紹介して終わります。

なんと営業時の死亡事故、、それどころか、営業時の事故が皆無という素晴らしい点を持っています。

これは非常に優れた操縦性を持っているためと言われ、この飛行特性は改良・発展型のIL-96へと受け継がれているようです。

また、100機程度しか生産されていないにも関わらず、未だに一部のキャリアで運用状態にあります。

 

 

さて、次回は

路面への重量軽減に一役買うセンターギア、、、

事もあろうか、そのセンターギアを取られてしまった飛行機のお話。。