予想外の展開が続く
今回、能登の浄化の流れで
急遽、 能登島へ向かいました。
須曽町に所在する古墳です。
日本海の荒波を避けて 邑知潟から入れた
七尾鹿島は 造船用の木材も食材も豊富
古墳の手前でリカさんが 呟きます。
奴隷、女性の憐憫
ギョッとしました ![]()
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私は HIROMIさんと 2年前に訪れ
男女を葬る構造を知っていますが
リカさんは ご存じないのです。
リカさんの言葉で、
気づきの扉が バンと開きました![]()
まず、蝦夷穴古墳の 蝦夷とは
人間以下の 野蛮人とした蔑視言葉。
双室墳 (二つの石室を持つ) 形態で
雄室と 雌室 とあり 違和感!
蝦夷(えぞ)も 熊襲(くまそ)も
どちらも大和朝廷の支配に属さず
反逆者として討伐の対象でした。
(どちらも鉄製の刀を持ち 強敵)
気になるのは 古墳の解説です。
①高句麗使節の来着が活性化した
②日本には例がない高句麗式の構造
③朝鮮半島に多い特殊な鉄斧が出土
以上から、埋葬されているのは
日本人だとは思わないです。
しかし
リカさんは日本人だとおっしゃる。
そこで、調べてみると
奈良県に蝦夷穴古墳と同じ構造を持つ古墳が存在。(桜井市 忍坂9号墳)
ちなみに
★銀象嵌装飾具をもつ大刀は
熊襲(熊本県)からも出度している。
★銀象嵌装飾具をもつ大刀も出土
そこで、大和朝廷と
能登の関係について調べてみると…
応神天皇の頃から巧みに
懐柔されたことが書かれている。
例えば
能登国造に最高の能登臣姓を与え
大和政権直属という権威を与えた。
そして、武器も援助した。
能登と蝦夷は 元々交流があった。
そこにも目を着けられ
蝦夷対応に寄与した重要な防衛拠点を能登に作った。
では 能登島の古墳は誰が作ったか?
(以下抜粋:真実の歴史:武内一忠)
世界で巨石文明は石工が築き
日本で石工は 穴太衆となった。
4000年前、シュメールとケルトは
アラハバキに出会う。
どちらも 磐座を祀り融合した。
ケルトはアラハバキに鉄器製造を教え
アラハバキは熊襲になった。
熊襲との交渉役は 猿田彦!
石工や鍛冶に 仕事を与え懐柔した。
(古墳造り, 鉄器の武器 , 造船)
これで、能登島と繋がった。
中能登の製鉄も
能登島の古墳も能登王の墓も然り!
猿田彦は 交渉が巧みだった。
なるほど!また繋がった。
駆け引き上手な別雷神(賀茂別雷命)
リカさんの霊視とも 繋がった!
猿田彦と鴨族(加茂族)の信仰が繋がる!
さてここで考察です。
久麻加夫都阿良加志比古神社には
(くまかぶとあらかしひこじんじゃ)
全国的にも稀な 熊甲祭があります。
華やかな色彩の鳥兜をかぶり
猿田彦が乱舞する華麗な祭。
クマカブト=鴨甲=鳥兜なのか?
真紅の大枠旗, 金の神輿, 猿田彦
大浄化と和合の大切なお祭り![]()
さて 古墳の被葬者は
だれなのか?
つづく



