【来宮神社②来宮弁財天社と清々しい音色。そして、あの大楠から感じること。】 | 神さま仏さま「ねえさんぽ」と「あなたの世界をいきること」

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神様仏様、巡礼、登拝を経て「ねえさんぽ」で生まれた感動は、空海さんとの出会いにはじまり神仏さまとの結びへと繋がっていく旅の軌跡(主な巡礼地:奈良・京都・大阪・兵庫・四国)
あなたがいて、わたしがある
世界があって、わたしがある
そんなシンプルな道をともに生きたい

こんばんは!




@Rico です。




静岡巡礼シリーズ✨

来宮神社さん⛩️の続きね^^


御本殿にご挨拶して

御由緒を振り返りつつ、、、


と。

実は本殿にご挨拶する前から

めっちゃ気になっていたのがこちら⬇️


弁天池と御岩



岩の上には巳さま🐍✨

→めっちゃ遠くからも存在感がありますよ❗️




さらに。


弁天池の宝珠形の石の近くにも

巳さま🐍✨

→たまご🥚もあるぞグラサン




してして。


その奥側の水の流れも

めっちゃ気になるのよね☝️



(なぜか、宇賀神さまも感じる。。。)



ひとしきりゆっくりとしてから

上にあがらせていただきます🙏



来宮弁財天社さん



こちらの弁財天さま


その御由緒から

開運出世弁財天✨とも称されるらしい。。。



(御由緒)


◾️およそ二百年前江戸に住いして大久保将監という徳川家武臣は自分の立身出世の為、奥州の金華山にもあらたかな弁財天が鎮座されていると聞き、はるばるこの弁財天をめざして供侍一人を連れて江戸を立出でました。

◾️千里の道を遠しとせず、漸く金華山に着き江戸からはるばる奥州路を下って祈願に来た由を当社の別当に告げるや別当は大いに将監殿熱意にほだされ神を拝する種々の修法を授けられました。

◾️それより将監殿は二十一日間の水をとり熱心に祈願をこめられ、最後の満願の日になると滝壺から宝殊の石が現れました。

(→もしや、あの弁天池の石がそれ?)


◾️その霊体には「軍を破る七つの星」の姿が顕示されていたので別当の言われるまま七ヶ年の間、日夜信心これ怠りなく務めたところ宝殊の玉威徳があらわれ諸願が成就し遂には官位豊前の守にまで出世されました。(原文には奇なる哉、妙なる哉と記される)

→七つの星❗️って、妙見さま的な感じがするよね✨


◾️其の後、滝川殿という武臣は信心常に怠りなく務めたので之又大願成就して不思議にも老中の職にまでも出世されたと古記には記されてあります。





いつもありがとうございます🙏


→初参拝でも

 弁天さまネットワークやからねニヤリ



と。



弁財天さまへご挨拶したあとに

本殿内から美しい音色🎵




風がすぅーっと流れ

水の恵みを感じるような。。。


めっちゃ祓われますね🙏🙏🙏




で。


こちらの弁財天社さんの

來宮弁財天像

あの高村光雲作、なんやと😲❗️

※画像は以下HPにて確認してみてください✨




(高村光雲の代表作に挙げられる

 皇居外苑前の楠公像✨⬇️)



さらに‼️


こちらの來宮弁財天像の御開帳。


年一のタイミングが

11月23日の弁天祭

HPに記載がありましたびっくり


→まさに、今週じゃないですかー‼️‼️‼️

※開催されるかどうかは、神社へ確認してくださいね🙏




ぜひぜひ、気になる方は

足をお運びください^^





してして。



清々しい音色に誘われるように

向かった先がこちら⬇️



第一大楠🌲のエリア


日本最樹齢の楠

とありますね‼️


樹齢二千年以上。。。💧




遠くから拝見しても

その大きさに圧倒されるのやけど、、、


ご挨拶にと近づかせていただきます🙏




古代において

此の樟は神の御霊をお招きしてお祀りしており、

現在は御神木となっています。


此の大楠は二千年の間、世の天変地異を経て

今の世に至りましてもその樹勢は衰えず

いよいよ旺んにして根は深く大地をふまえ

巖石の如き様相を呈し

「延命長寿」の象徴とされています。



🙏🙏🙏




さらに❗️



実は、

こちら大楠さんのまわりをぐるっと

お参りできるようになっていて、


正面からの雰囲気よりも

さらにさらに

素晴らしさを感じることが出来るのです🙏












深く深く

人の視点を

人の生き様を

まるごと包み込むような


存在自体を世界のごとく

見守ってくださるような


そんな次元の異なる大きさを感じます。。。





われわれは、


全体の一部。


繋がりのなかの一部。






忘るることなかれ。




深い想いが伝わってくる場所です🙏




もともと、


來宮神社と呼ばれるようになったのは

江戸時代以降。

江戸末期までは、木宮と称されていたそう。


伊豆地方に『キノミヤ神社』という社は

十数カ所あり、各社とも必ず千年以上の御神木があることから、『木』に宿る神々をお祀りする神社として崇敬を集め、古来生活文化に欠くことのできない木に感謝する信仰を有していたのです。。。






素晴らしい杜を


素晴らしい神の宿る御神木を


後世の方々にも

手を合わせていただきたいなぁ✨と

思います🙏




ラストに

定番の御神輿にご挨拶^^






いよいよ、静岡巡礼ラストの地へ

向かいますよーーー🏃‍♀️






では。





いつも、ありがとう^^






@Rico 




幸せは自分のために

世界が平和であるために