【期待と不満、在りたい世界を想像やね^^】 | 神さま仏さま「ねえさんぽ」と「あなたの世界をいきること」

神さま仏さま「ねえさんぽ」と「あなたの世界をいきること」

神様仏様、巡礼、登拝を経て「ねえさんぽ」で生まれた感動は、空海さんとの出会いにはじまり神仏さまとの結びへと繋がっていく旅の軌跡(主な巡礼地:奈良・京都・大阪・兵庫・四国)
あなたがいて、わたしがある
世界があって、わたしがある
そんなシンプルな道をともに生きたい

こんばんは!



@Ricoです。




だれかや何かに期待する

だれかや何かに不満を抱く



これらすべて、みずからでは
どうしようもないこと。



これに時間を費やすと
すべてが堂々巡りになっていくよね。





自分以外の何かに
期待と不満を持つより
自分ができる感謝の意を捧げること。









これって
人間界だけの話ではない





神さまや仏さまに
期待しすぎたり
だれかに依存しすぎたり


それは「なぜ?」と
問うてみれば、
いま在りたい方へ自らが進めなかったり
在りたい世界がわからなかったり




はたまた


自らを変えることに
相当な抵抗感があったりするのやろね。






その状態からは
生み出されるものはなく、

もし、仮に
生み出されたとしても
「かりそめ」のもので

また、元に戻るのでしょう。







苦しいのは、
それを手放すと意図していないだけ

前に進まないのは、
がむしゃらにやってないか
その進む方法を知らないかだけ





一切の悩みや苦しみの種は
自らのなかにあり、
自分を変えることでしかなく

世のすべては変わることが
当たり前という摂理に則っていないから
とも考えられるワケよね。







あなたが望む世界はあなたがつくる


あなたが在りたい世界は
あなたが幸せであり、
取り巻く周りの世界の幸せでもある。







たったこれだけ
されどこれだけ





在りたい世界の繋がりを強く意図すれば
自ずとそうなっていくし、


在りたい世界が異なる世界の方々とは
疎遠になることもままあること






どんなエネルギーを放ち
どんな「いま」を生きていくか





そして、
その生きる力は自らのなかに
かならずや在る








死のうと思う日はないが
生きていく力がなくなることがあるかもしれない

そんなときは、
その力がわき
明日を思うこころが出てくるまで
祈り続けたらいいと思うのです。










念彼観音力(ねんぴかんのんりき)





直訳すれば、

さまざまな苦境に陥った時に
観音菩薩さまを信じて
一心に「観音力」と念ずれば、
観音様が現われ、その力を以って
たちどころに苦境から救って下さる


という意味。






一方では、



自らの信じる力を信じる


ということでもあるように思う。






さまざまな巡礼の旅というのは、
その力を信じることへの感謝であり

また、
備え持った計り知れない力に
気づく旅のようでもあるのやろね。









では。





いつも、ありがとう^^






@Rico 




幸せは自分のために

世界が平和であるために