「私をなんの肩書もない私のままで愛してほしい」
親友の友恵さんから、昨日の夕方ぼろっとでた言葉。
昔みたいに、何にもないときでも連絡してたみたいに
「私を私のままで愛してほしい」って泣きながらに言われたこと。
友恵さんのおかげで、私はパニック発作があっても、
少しずつ外に出れるようになった。
友恵さんがいる家だから、子供達も大好きでたくさんの時間を過ごさせてもらった。
いつもいつも元気いっぱいに見える彼女だけど、本当は、繊細で、か弱くて、とっても愛情深くて、そして何より一生懸命生きてきたことを知っている。
彼女がカウンセラーになると決めた時も自分のことの
ように嬉しかったし、今毎日やっているヨガや筋トレもなにをするときでも応援しているし、彼女がどんな道を選択してこれから進んでいくとしても見守っていくと思う。
昨日の朝から、身体に無意識に力が入り、呼吸も浅く、なぜだか自分から出てくる言葉や、私にむけられる周りからの言葉も厳しく、、
居心地の悪い状態が続いていて、、、
やらなくてはいけない事、やれてない自分への責め、
私も誰かに無条件に「あれかってー」「ひとりにしてー」「これやりたくない」「怖いー」って言いたくて仕方ない自分がいること、
自分を大事にしていなかったんだぁー。
まーだ心の声に耳を傾けずに突っ走る癖があること、
本当は「大丈夫じゃない」のに、「大丈夫、大丈夫」って笑顔を作っていたこと。
「私を利用しないでよ」って思う現実が目の前におこるように
なる時、決まって自分が自分を利用しているときだと気づいたこと。
長年染みついた自分より他人を大事にしたがる癖。
他人を大事にしないと嫌われちゃうって思う癖。
自己肯定感の低さ。
自分を生きようと思いながら、まだまだループにはまり昨日の夕方、親友からでた言葉
「私をなんの肩書きもない私のままで愛してほしい」
これ、私、自分が欲していた言葉だなぁって思った。
何かをしてないと「価値」がないように思ってしまうし、
何かをやってこそ「人生の価値」があるように思ってしまう。
何かにおわれることを「生きがい」の様に
勘違いしている時、きまって私が発してるモードは
「焦り」になる。
今日の夕方、いたたまれない頭痛とともに
家まで辿り着けず車の中で爆睡する。
三日月🌙が綺麗だと思えたこと
家族が元気に帰ってきたこと
稲刈りがはじまり、夕方鳥達が畑に集まっているのを
みてなんか童歌を思い出したこと
金木犀の香りがしてきて、心がふわっと緩むこと
優しいメールをしてくださる方々がいること
「ある」に目を向ける時間を見失っていました。
私が私をしる旅、まだまだ続きそうです。
友恵さん、勇気だしていってくれてありがとう。
お互いがお互いの鏡やねー。
私からの愛も伝わるといいなぁ。