前に、訪問リハビリに行っていた人が亡くなり、
しばらくしてからご焼香に伺った。
お仏壇の前に座ると、ぶわっと何かを感じた。
あったかくて、楽しげで、
あぁこの人が生きて、この人らしさが100%全開だとこんな感じなんだろうな、と直感的に感じられた。
まだこの部屋にいるんだなー、とも感じた。
わたしが気づいたのが分かったのか、
すっかり憔悴していた奥さんに『俺は大丈夫だと伝えて』と言われた気がした。
だけど、他のスタッフも同行していたし、
わたしもこういう経験が初めてで戸惑い、
上手く伝えられずじまいだった。
まだちょっと心残りな出来事だ。
他にも、友人が亡くなった後、
その人に似た雰囲気の人に出会ったことがあった。
彼も悩みや苦労を背負いこみすぎなければ、病気をしなければ、こんな感じだったのかなぁ、と感じた。
そんな人から突然、去り際に「元気出せよ!大丈夫だから!」と底抜けに明るく言われた。
肉体という枷が無くなると、
その人らしさが純粋に現れやすくなる。
以前はそんなふうに思っていた。
でも今は少し違う。
肉体は、その人の魂の枷ではない。
むしろ、その人らしさを生き切るための器にもなりうる。
身体の土台が育ち、
余計な緊張やロスが減るほど、
“その人そのもの”は、もっと出てこられるのかもしれない。
だから私は、反射の統合を推している。
自分も反射の統合ワークを受けるし、
いろんな人に受けてほしいと思っているし、提供している。
身体由来のノイズが減るほど、
その人の持っているものが、よりその人らしい形で現れやすくなると思うから。



