赤ちゃんって、生まれた瞬間に「ぎゃーー」と泣きます。空気を読んで控えめに泣く赤ちゃんはいないみたいです。
大人になるにしたがって、空気を読める人間に、スマートな人間として周りに適応していくみたいなんですよね。
ただね、ひたすら適応することを選んでしまうと、「自分はそっちのけ」で軸が他人にある状態になっちゃいます。
なぜかドーナツに親近感を覚える人は注意が必要かもしれません(笑)
そんな自分を捨ててしまったドーナツ状態の人の周りにも人はいて、彼らもまた自分をそっちのけで空気を読もうとしたらどうなるでしょう?
ドーナツの人は自分を殺してまで他人の空気を読んでる分、「空気を読むべき」という考えが人一倍強いわけです。空気を読めない人を見ると腹が立ちます。(ほんとはうらやましい)
で、さっきのどうなるでしょう?なんですが、「空気を読むべき」という空気を察して、周りの人は「空気読むべき星人に嫌われないようにするべき」という状態になります。
複雑ですよね(笑)
とにかく、空気を読むことなんて常識も常識も常識でわざわざ意識することじゃない。という人間が増えますよね。
この「意識することじゃない」がくせものなのは、無意識ってことになるからです。
無意識って意識が無いってことなので、無意識で自分のことそっちのけにしてたり、自分を殺してまで人に合わせて生きてるってことには自覚がないわけなんですよ。ぜんぜん気付かないわけなんです。
これ何十年でも気付かずにそう生きることができます。でも違和感やストレスもあったりするけど無意識なので気付けないんです。
自分がドーナツ人間かなと思った人は、まずそのことに気付いただけでも儲けもんです。自分が生き残ることを追求したらたそうなったわけです。人命を助ける浮き輪もドーナツの形をしてるでしょ。軸が無いことを悪いことだと思う必要はないですよ。
ただ、これからはドーナツ卒業したいって言うのならそれも可能だし、戻りたかったらいつでも手グセのようにドーナツに戻れます(笑) けっこう自由なんですけど、なにせドーナツ人間は生き残るためにそうなったから、形を変えるのが怖くて怖くて仕方がない。形を変えることはドーナツの死を意味しますからね。