母から毎日、父のLINEに『怪我は大丈夫?』『お互い早く退院したいね』『連絡欲しい』『会いたい』と入るようになりました。


その通知を見る度に、いつまで隠し通せるのか、そもそも隠していていいのか、罪悪感と不安でどうしようもありませんでした。


主治医の先生にも相談しましたが、父の死を伝えるのは間違いなくショックを与える。かと言って、今父から何も連絡がないことで不安とストレスを抱えている。伝えるべきかまだ伏せておくか、どちらが良いかはわからない、とのことでした。


散々悩んだ結果、父の四十九日の法要の1週間前に、母に伝えることにしました。


『お父さんのこと、正直に話そうと思う。』


正直にってどういうこと?と、直ぐに電話がかかってきました。


『落ち着いて聞いて欲しい。お父さんは、事故のあの日に亡くなってしまった。私が連絡を受けた時にはもう亡くなった後で、看取ることもできなかったんよ。本当にごめん。お葬式もやったよ。付き合いのあったお友達にも来てもらったよ。お葬式の時は、まだお母さんは自発呼吸もなくて危ない状態だったけど、お母さんを守ってとお父さんにお願いしたんやで。こんな風に、喋れるようになるなんて、お医者さんもびっくりするくらいの奇跡だから、きっとお父さんがお願い聞いてくれたんやと思う。来週、四十九日の法要をやる予定にしてるよ。お父さんが安心して成仏してくれるように、四十九日もしっかりやるからね。』


一気に、上記の事を話しました。

話し終わった後も、心臓がバクバクしていました。母は、私が話し終わるまで一言も話しませんでした。


私が喋り終わった後しばらく沈黙し、母から出てきた言葉は


『お父さんが生きていれば良かった。何で私の方が助かっちゃったのかな。私の方が死ねば良かった。ごめんなさい』


という言葉でした。


それを聞いたときの私の気持ちは、言葉では表せないです。

なぜ、こんな思いを母にさせなければいけないのか。

死ねば良かったのは断じて母でも父でも無い。加害者の岩瀬徹郎です。居眠り運転の常習者の岩瀬徹郎です。

なぜ対向車に突っ込んで行ったのか。居眠り運転するなら自分の車線側の崖に落ちて自分一人で死ねば良かったのです。


この時には岩瀬徹郎はとっくに保釈されていました。何故、無関係の人達をこんな目に合わせておいて、自分は無傷で、謝罪すらなく日常生活に戻れるのか。不思議でなりませんでした。