検証してみた:「金融なき財政」と「財政なき金融」 | 空き地のブログ

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akiraさんが大変良いグラフを作っておられたので、今回はそれを活用させていただくことにしました。

 

そのグラフとは、akiraさんのブログ記事「 「金融政策」と「財政政策」は切り離せない 」の1枚目で、「マネタリーベースの前年同月比(≒金融政策の度合)」と「公的固定資本形成の前年同期比(≒財政出動の度合)」の推移を比較したモノ。このグラフを見れば「金融なき財政」だった時期と「財政なき金融」だった時期が一目で分かるようになっています。

 

実際のグラフはakiraさんのところでご確認いただくとして、それぞれに該当する時期は、

 

「金融なき財政」=99年頃(小渕政権)・09年頃(麻生政権)

「財政なき金融」=01~04年頃(小泉政権)

 

であり、なおかつ、

 

「金融財政併用」=13年以降(第二次安倍政権)

 

であることがよく分かります。

 

さて、今回私からお示ししたいのはこの間の物価変動です。

 

CPI・コアコアCPI(96-14)

※CPI・コアコアCPIの「前年同月比」の推移(出典:総務省統計局)

 

まず、13年以降において、物価変動を判断する要である「コアコアCPI」が確実にプラス転換していることが分かります。サブプライムローンバブルだった08年頃は、総合CPIの上昇(約2%)の影響もあってか、コアコアCPIは下げ止まり(前年同月比で±0%)まで行っていますが、13年以降のコアコアCPIの動きは明らかに総合CPIからの影響だけでは説明できないモノであることが分かります。

 

次に「金融なき財政」「財政なき金融」であった時期を見てみましょう。

 

99年頃・09年頃共にコアコアCPIの下落スピードは加速する一方であったのに対して、01~04年頃はコアコアCPIの下落スピードが緩和し、あと一歩でプラス転換かというところまで改善していたことがわかります。しかも、08年頃と違って、総合CPIに引っ張られていたわけでもありません。

 

 

 

デフレ脱却には金融政策も財政政策も両方必要である」という話はほぼ絶対的に正しいでしょう。これまでのアベノミクスの結果が何よりもそれを如実に表わしています。

 

しかしながら、それでは「金融なき財政」と「財政なき金融」とは両方とも等しくダメか?と言えばそうでもない、ということが上のグラフでよく分かったのではないでしょうか。

 

 

 

たまに「小渕政権・麻生政権では財政出動が足りなかっただけ」と言った主張を見聞きすることがありますが、

ドル円レート(96-14)

※ドル円レートの推移(出典:日銀)

 

これを見ると明らかなように、99年頃・09年頃共に大きく円高に振れていることが分かります。まさにこれは「金融なき」の部分による影響であり、最近話題のマンデルフレミング効果そのものと言えます。仮に「財政出動が足りなかっただけ」を認めたとしても、あれ以上さらに円高に振れても大丈夫だったのか?という点では大いに疑問です。

 

また、グラフでも明らかな通り、01~04年頃は120円程度で安定(07年頃も同様)、13年以降についてはみなさんもよくご存知の通り、円高が大きく是正されています。

 

 

 

以上(物価・為替)の事実から、デフレ脱却効果という意味においては、『「金融財政併用」>「財政なき金融」>>(越えられない壁)>>「金融なき財政」』であることが推察されます。

 

GDPについては、「 期間限定「くたばれGDP!」のススメ 」において少し触れましたが、国民の景況感との乖離が存在する可能性があるために、仮にGDP(名目・実質問わず)が財政出動によって伸びているように見えても、コアコアCPIの下落が止まっていないという事実がある以上、それは国民の景況感と乖離したものであった疑いが非常に強いです。

 

もちろん、今現在は黒田日銀による強力な金融緩和が背景にありますので、ちゃんと国民の景況感に繋がる財政出動(加えて、予算執行にボトルネックのないモノ)を政府に求めていく分には何ら問題はないでしょう。しかしながら、間違っても金融政策の弊害を殊更取り上げて(または、ありもしない事実をでっち上げて)の財政出動、それも現にボトルネックが明らかに判明しているモノ、の増額を要求することは、言いぶりは違えども『過去の失敗を繰り返せ』と言っているに等しい言動である、と私は考えます。

 

ちなみに、この手の話をすると、「別に金融緩和を否定はしてないから」という返事をいただくことが割とありますが、それ自体はあまり反論にはなっていません。その理由は、彼らの「金融緩和を否定はしてない」のウラには「財政出動する分だけ金融緩和をすればいい」という考えがあるからです。「財政出動する分に応じた額だけ金融緩和を認める」という考え方は金本位制(金(ゴールド)の保有量だけ通貨を発行して良い)と同じで、それは結局のところ、国内の経済活動の活発具合とは関係ないところを基準に通貨の量を決めてしまうというやり方です。

 

昭和恐慌からの脱出を世界に先駆けて成功させた高橋是清が蔵相に就任して初めに行ったのは「金本位制からの離脱=自由な通貨発行の確保」です。他の国々も高橋翁を真似たのか、金本位制から離脱した順に恐慌からの脱出を成功させていくことになります(参照:http://econdays.net/?p=8830)。 それほど国家経済にとって「自由に通貨を発行できること」が重要だということです。したがって、「財政出動する分だけ金融緩和をすればいい」を前提にした「私は金融緩和の必要性は認めてますから」は、事実上の金融緩和否定と何ら変わらないのです。