今朝は朝1番にレッスンが入った。レッスンをしながら考えた。我々スケートの先生はお弟子さんたちの滑りを色々直す。エレメンツなり、スケーティングなりを見ながら色々直すのだが、その殆どの場合、見て気になったことを順番に指摘してなおさせる。そうやってお弟子さんたちが上達してゆく限りは特に問題はないのだが、
①その直す内容を指摘しながらその子に共通するクセや根本的な問題を炙り出せているかどうか。
②本来スケートの理想はどのようなものでそこから今やっていることに落とし込むとどう直すべきか。
この2つを意識しながら教えてゆかねざならない。この2つ、①については帰納法、②については演繹法と言えるだろう。
選手だった私はどのようなスケートが理想的かのかなり細かいイメージと理論は持っており、そこからお弟子さんの現状把握、そしてそこから直すべきことを炙り出してゆくことになる。つまり演繹的に物事を考え、そこから帰納法的にレッスンを組み立ててゆく。
逆にお弟子さん達は、先生達から課題提示をされたりやっているものを直されたりしながら、徐々に〝正しいスケート〟の本人なりのイメージが出来上がってゆく。つまり帰納法的にモノごとをインプットし、自分のものになってゆく。自分のものになったものを振り返りする時に動画を見たりしながら、演繹法的に見て自己分析することになる。
つまり
先生:演繹→帰納
弟子:帰納→演繹
と、先生と弟子で真逆のルートを辿るのである(当たり前か)。