復興と今 | 同じ月をみてる

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44歳おやじの日記

この街の中心は第一原発から40~50キロ圏ぐらいだろうか?いわき市の一部が30キロに引っかかり、物流がストップ水攻めのような状況から今、復興へ向かっています。

第一原発周辺双葉町富岡町浪江町楢葉町からいわき市の不動産を求めるお客様とたくさん話をしてきました。

故郷を失ったものでないとわからない…

そんな言葉も聞きました。実際に20キロ楢葉町にはたして、どれだけの人が戻るのか?いわき市からも離れている人もいるんだよ?はい帰れますって簡単に帰れる問題でもない、仕事や病院等街が形成されないと戻れない。また保障に関しても東電を責めつぶせば、破綻するだけで、現に県借り上げ制度やら最終的には税金だ。いつまでもってわけにはいかない。

中間貯蔵施設の問題も原発から5キロ10キロ圏の近場につくる他はないだろう?どっかの県が汚染受け入れてくれるわけないんだから、現実論の話をしないとなりません。

60歳以上の世代が故郷に帰りたくても、子供世代は帰る気がない、帰れないってお話をよく聞きます。自分達の子を育てる環境にない。

汚染された街キレイにするからってあせる危うい…

親の世代が例えば広野町に戻るって我をはっても、老いの現実や介護、それをみるのは病院そして家族です。様子見にもなかなか戻れません。放射能に対する考え方は様々です。押し付けることもできません。本当に難しい問題です。

そのような状況からマイクロシーベルトが低い、いわきに人口が流入している。

サテライト校や合津に避難した方も寒い冬を越すのは厳しいと、住宅を探す方が多い。賃貸物件はない、本当にない。市内に引っ越し先すら見つけるのが困難な異常な現実が続いています。

自宅は瓦まだブルーシートのままだよ。自分の家はなんにもなおしてないです。

二重ローンの問題家族離散問題仕事…保障がまだ明確ではないため、住宅を購入しているのは、おそらく一部の貯金があった方と、原発関連の仕事についてるかた、会社を営んでいた方が中心のようでした。

路線価では調整率0.75とか固定資産税評価も下がっても、実売の不動産は上がっている。津波がきた地域は別ですが、中古住宅は1~2割は上がっています。

それほどに買いたい方が多いのです。

賃貸もない仮設住宅もきつい…複雑です。

3月4月は地獄のようでした。今、あの時を思うと、信じられない状況です。一歩一歩復興に向かっていますが、多くの問題を抱えて、みな過ごしています。

さらに保障がある間はいいです。でもいつかは働かなければなりません。いつまでも仕事をしないわけにも行きません。そのあたりの問題や子供の学校問題など、皆さん悩んでいます。

今年は厳しくなるでしょう。先は全く見えない。

でもみんな力をあわせて共にがんばろうね(≧∇≦)

俺たちだって明日はどうなるかなんてわからなかったあせるそして今もわからない…

最近朝が起きれません(∋_∈)

みんなの日記帳がみたいので、なるべく更新お願いします!