子宮と私。

子宮と私。

2009年6月第一子出産、
2010年12月胞状奇胎と診断、
2011年1月子宮内腫瘍
2011年5月完治!
2012年9月第二子、2015年4月第三子出産!
2024年5月子宮がん検診で「HISL」と診断!!

私と子宮のおつきあいについて綴ります。

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. #小学校の運動会 . 今年は70周年のイベントやらなんやらで、1ヶ月前倒し。 けけさんは 「たのしみかなー?普通じゃないかな~?!」 とか天の邪鬼な感じ。 姉は応援団立候補するって宣言しててんけど、何故か立候補直前でヒヨり、立候補せず。 始まる前から後悔の残る運動会でした。 . 今年は初めて、学校でごはん食べました! . 自分の子供が二人になると見るもの増え、 合間には友達と友達の子供のできにワイワイコメントしあってて、 年々運動会を楽しめてます♥️ . なのですが、、、 暑さ対策を子供ばっかしてて、 母は軽く熱中症気味に。。。 夜に予定してた飲み会もキャンセル、、、! あぁ、泣ける。。。 . 来年は、みんなベストをつくすぞー!! . #1年生#4年生 #4回目の運動会 #徒競走でフライング#からの#ビリ#耳ふさいでたらスタートしてた #ふざけすぎ#アホ男子 #うちの母は16回目の運動会 #なのに毎回初めてかっ?!と言いたくなるようなとまどい #姉は真面目に楽しむ #父は別の子の後ろ姿を撮影 #途中で気づいてよかったね #音声丸残り #末っ子は暇そう #学童メンバーの色に誰よりも詳しい #パパ友ママ友#仲良し #熱中症に注意#母ざ #アラフォーはしんどい

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胞状奇胎で悩まれている方のblogを拝見し、
私自身のことを思い出しました。。
その後すぐの経過は書いてあるけど、
「数年後」がないよな、と思ったので
まとめてみようかと。

【私のまとめ】
●2009年6月第1子出産。
第1子が可愛すぎ、手がかからなかったので年子を授かりたいと思うようになる。

●2010年
・5月:授乳止めたのに生理こず
・9月:排卵障害確定
→年子を諦め、まずはリズムを整えることに専念
→誘発&タイミング療法
・11月末:3周期でまさかの妊娠!
・11月末:里帰り予定の病院で「胞状奇胎」疑い
・12/1、12/8 手術
→HCG値順調に下がる。

●2011年
・1月子宮内に腫瘍発覚(+_+)
→毎週経過を追うも一センチずつ肥大
→不正出血(一時間尿のように出血、貧血)
→セカンド・オピニオンの大学病院帰りに大量出血で瀕死寸前。
・2月
腫瘍を壊死させるために、動脈ソク栓術。
入院。
・3月末
自宅にて腫瘍出てきたー!
・4月
経過観察
・5月
完治宣言!

・8月
やはり生理は来ない。
ゆるーく妊活してるものの転勤したてなので、ホルモンバランス整える薬だけ飲む。
(ホルモンバランスの乱れを放置すると更年期辛いよ、と医師にビビらされる。笑)

●2012年
1月:妊娠発覚。笑
仕事が忙しすぎて、ストレスたまりすぎててと思ってたらのご懐妊。

9月:出産

●2013年
第2子さん、入院などで早々に授乳止めるも、
生理は不規則。
まー、いっか。と放置ぎみ。

●2014年
4月:復職
8月:生理こず
→胞状奇胎再発?!を疑われる。
→仲良しは生理明けと生理予定日ぐらい、排卵日とか計算合わない。でも妊娠反応出る。
胎嚢も見れない。
→不安な1ヶ月。胃痛。
9月:第3子妊娠確定。
えぇ(@ ̄□ ̄@;)!!という夫婦。
→胞状奇胎治療を覚悟して大学病院調べたりしてた。

●2015年4/1
第3子出産。
予定日より12日早い。
でも2900g越えてる。
と、結局どのタイミングで授かったのか全くわからず。笑

●2016年
3月:授乳終わり
4月:復職、生理来る


●2018年
現状:生理基本的にコンスタントに来る
排卵とかはわからないけど、妊娠希望してないので細かく調べず。
アラフォーになり、更年期にビビる。

みたいな感じで、
カイヒ手術やら、動脈ソク栓やら、
子宮からの大量出血で、かなりダメージ受けてたはずの私の子宮。

「自然に着床は難しいかも」

なんて言われてました。
でも子宮あれば不妊治療できるからと、
子宮残しながらできる処置を希望したので
ありがたいことにその後二人も
自然妊娠で授かれてます。

第2子のときには母方の祖母が
第3子のときには母方の祖父、父方の祖母、おじいちゃんの愛犬が亡くなった後で、
たまたまご縁があったのだろうなーと
考えてます。
(特に第3子は色々不明。笑)

渦中のときは、
辛くて辛くて、
他の人の妊娠報告なんて聞けなくて
(でもわざわざ報告してくるママ友の行動に胸を痛めて)
性格荒んでました。
病気に対する不安も大きくて
子宮とられたら、とか
出血で瀕死したらどーしよう、
とか本当に本当に悩み、泣きました。

快く休みを快諾してくれた私の会社と
夫の会社には感謝しかないです。

更にたまたま女性限定の保険に
産後すぐ切り替えてたので
それにも本当に助けられました。

お金、かかりますよ。まじで。

そして、パートナーの偉大さを感じたのもこのときです。

さんざん悩んみ、
検索魔になり、
落ち込み、
励まし合い、
決めたことで今生きてられてます。

渦中の皆様、
「私だって乗り越えられたんだから大丈夫!」
なんて言われたら無視してください!
当事者は辛いんです。
その言葉は乗り越えたから言えるんです。
今聞くべき言葉ではないと思います。

嫌な言葉は排除しましょ!
治療がうまくいくにはメンタルあってこそ!と私は思います。

こんな人もいるんだ、
程度に参考になれば幸いですm(__)m

推定7週か6週なのに早々と貰ってこいと言われたので、行ってきました!


母子手帳GET(*^^*)


 




こんなんもらって、流産とかなったら凹みすぎて立ち直れない、とは思ったのですが、次回検診でたくさんお金かかると脅されたため大人しく取りに行きました笑

横浜の母子手帳、大きい!
大阪のが小さかったから余計にそう感じるー!
そして、そして、補助券いっぱーい(*^^*)


前回は里帰りで、関西の補助券が横浜で使えずかなーり実費だったけど、今回は大分助かりそう♪

次の検診でおなかのへびさんが大きくなってるのを願うばかりやわ。
早く一週間たってほしいなー♪



そして、さきさん。区役所の方に

『おねえさんになるのー、すごいねー!』

と言われ、やたら得意げでした笑

金曜日、不安になりながら再検査。
 



今度はきっちりすぐに反応!
だが、土曜日は仕事ー!
司会もあるし休むとかありえない。

ということで、日曜日の本日病院へ。
超不安に感じながら向かいました。

私の不安は二つ。

妊娠反応はでたけど、この症状は

□胞状奇胎再発ではないか
□流産してるんじゃないか

という2点。
基礎体温は超がたがたやし、どーにもこうにも正常妊娠の「せ」の字も見えない。

・・・ともう顔もこわばる感じでした。

結果。

$aki's diary**



どん。




今のところ、子宮内の正常妊娠!!!!!!!
排卵がめちゃめちゃだから、現在何週かも不明(ー□ー)
言えるのは、「超初期」でよく気づいたな!と言うことのみ。

※過去数回妊娠していますが、私毎度超初期に妊娠に気づき
その後の確定までの時間がすんごーーーく時間かかります。笑
それがないように今回は生理予定日2週間後に検査をしたのに、
やっぱり早かったー。。

次回検診は2週間後。

その頃には心拍が確認できて、大体の週数も確定できるだろう
とのことらしい。

とはいえ、
過去に流産したときは、この心拍確認までの間に出血してしまって進行流産になったし
前回「胞状奇胎」と診断されたものこの心拍確認前の出来事でした。

なので・・・・・・



嘘でも手放しで喜べません。
不安があおられています



あー・・・どうなるかなー・・・
ってか今回排卵するのに30日ぐらいかかったっぽいー!
全く正常なリズムじゃなかったわ((((;゚Д゚))))

今は、baby氏(通称:ひろこ3号さん)を信じ、2週間後に大きくなった姿を見れるのを励みに
おとなしくしていようと思います。

はー。心配。
でも頑張る。

 

胞状奇胎になり、赤ちゃんを授かったのに流産し、
手術をして1年が経ちました。

この1年、いっぱい色々なことを乗り越えました。

二度のカイヒ手術、
何度もの血液検査、
何度ものMRI、
病院への不信感、手術未遂、
大阪から和歌山の何回もの通院、
大量出血により瀕死状態、入院、
手術。
生理不順。
休職、引っ越し、転勤、
大好きな祖母との別れ。
旦那の入院。
仕事。

心身ともにギリギリな状態に何度も追いやられ、
たくさんの裏切りにあい、
でも裏切られた以上にたくさんの人が支えてくれていることを痛感した
一年でした。

私が二人目を失って子宮の病気と闘っているのを知っていて「頑張れ」という割に
わざわざ直接二人目妊娠を報告されることが一番しんどかった。

日記とかでならまだしも、何故聞いてもいないのに直接話したりメールわざわざすんねん!!
そんなん受け入れられるわけないやろー!!!

と、気持ちが揺らぎました。
ダメージが大きすぎて旦那に泣きながら話を聞いてもらってました。
そして、このことがあるたびにこのような人間にはなるまい、
と本気で思ったことも何度もありました。


最近は仕事が充実してきたので泣くことも減りましたが、
やっぱり一周期な12月は気持ちが動きます。



去年授かった赤ちゃんが無事誕生してたら5カ月ぐらいかー
かわいかったんだろうなー


と思うと泣けてきます。
友人たちが続々と「二人の子供のママ」になり、
さきさんと同い年な一人目と生まれた赤ちゃんの成長を記載しているものを見ると
ほんまに悲しくなります。

「なんであたしなんだろう?」

ってね。
嫉むとか、悔しいとかではなく単純に二人目ちゃんを健康に産んであげられず、
抱っこさえできなかったことがほんまに悲しい。


そして私自身2歳半離れた弟とめっちゃ仲が良いから
さきさんにも同じような存在を作ってあげたいって思っていたのに
それも叶わなかったー!

29歳までに2人のママになるっていう夢も叶わなかったー!

今までもいっぱい辛い思いをしては乗り越えてきたけど、
今年がダントツしんどかったー!

よく倒れなかったなー!と自分で関心してしまいます。
まぁ、大量出血では倒れましたが笑

こうなったら、さきさんがカンペキなお手伝い要員になった時期に
2人目、3人目ちゃんを健康に産んであげられるように身体をつくろう!
自分の夢に向けて投資ししたり、勉強したりも
若い時期だからこそできることが多数あるから
それをこなす時期なんだ!

こんなに苦しんだんだから、もー大概の事は耐えられる!
そう信じて明日も頑張ります。



私の赤ちゃんたちはお空でおばあちゃんに会えたかな?

あかちゃーん!
去年はお母さんがちょっとだけ来てくれてありがとねー!
病気になって自分が育たないことがわかりつつ、不妊治療をして苦しんでた
お母さんに「妊娠できるから大丈夫!」って言いに来てくれたんだよね?
ありがとー!
帰ってくるまでおばあちゃんにたくさん遊んでもらいなねー!
それまでお母さんはお父さんとさきちゃんと毎日精一杯
頑張るよー(*^_^*)
だから帰ってきたくなったらいつでもおいでねー!
みんなで気長に待ってます!!