江戸時代、伊勢神宮へのおかげ参りの大ブームで、人々は一生に一度は旅をしたいと東海道はとても賑わった。ここ関宿も、一日の往来客が一万人を超えていたと記録に残る。深川屋の主人が、お向かいにある旅籠玉屋への用事の折、たった二間半程の道幅なのに「半とき道を渡れず」と困惑した文書を記している。そんな東海道で、この庵看板は、旅人にとっての大切な道標だった。
3へ続く
江戸時代、伊勢神宮へのおかげ参りの大ブームで、人々は一生に一度は旅をしたいと東海道はとても賑わった。ここ関宿も、一日の往来客が一万人を超えていたと記録に残る。深川屋の主人が、お向かいにある旅籠玉屋への用事の折、たった二間半程の道幅なのに「半とき道を渡れず」と困惑した文書を記している。そんな東海道で、この庵看板は、旅人にとっての大切な道標だった。
3へ続く