私が小学生の頃、夏休みには必ず、父の手伝いという大儀で仕事場に連れられ、一日中、餡場や作業場で過ごしていた。十歳に満たない子どもの視野に映る、迷路のような間取りや、その頃、すでに骨董品と言える道具類の数々は、私の幼心をくすぐり、まるで冒険でもいていたような錯覚を、今でも鮮明に覚えている。
東海道の南側に建つ深川屋は、通り沿いの店舗の奥行きが四十八間程もある、いわゆる「うなぎの寝床」で、建物の東側には、通り土間が続き、西側にはたくさんの部屋が連なる。明かり取りの中庭をいくつか挟んで、一番裏に作業場と餡場、そして納屋があり、大裏の扉を開けると、そこには田園が広がっていた。冒険は飽きることがなく、色々な部屋から屋根裏に入れたり、壁の向こうに入れる隙間があったり、開けると行き止まりの、意味のない扉や、二階の部屋の畳を上げれば、一階へと下りられる抜け穴もあった。そう、まるで忍者屋敷のような・・・。
しかし、たった一ヶ所だけ、決して入ってはいけない部屋があった。祖父から毎回言われる開けてはいけないその扉は、家の中にあるのに厚い大戸で仕切られていて、細腕ではとても開けられそうになかった。




2へ続く