防災部長の越智からの恫喝と総務部長の田外との会話の内容を頭の隅に追いやることができないまま年度末の業務をこなしていると、市役所の職員が最もそわそわする人事異動の内示日がすぐそこまできていた。
私の市役所でのこれまでの異動歴は、市役所に就職した際に最初に配置された税務部門、次に教育部門と、それぞれ3年間勤務して異動という流れに身を任せていた。そして、3度目の異動から、市役所内のいわゆる管理セクションを渡り歩くようになっていった。
初めての管理セクションの企画調整課では、市役所全体の事業計画の調整を担当し、市役所の全ての部門がどの様な業務を行っているかを把握することができ、さらには自ら企画提案した事業を担当部署と協議し、小さなプロジェクトではあったが新規事業も実現することができた。
その後は、財務課、そして資産管理課と異動を続け、係長試験に合格後、私の異動歴では初めての出戻りとなる企画調整課勤務となり、3年が過ぎようとしていた。
3月があと2週間で終わろうとしていた穏やかな日の午後1時ごろ、部下の粟林(あわばやし)が「林口さん!業務システム内の職員掲示板で新年度の異動内示が発表されていますよ!」と突然声をあげた。
これまで概ね3年のペースで異動してきた経験から、今回の人事で異動することになる可能性が高いと考えていただけに、システム内の掲示板に添付されたファイルを開くマウスのクリック音と同時に心臓が大きく1回拍動する音が聞こえた。
企画調整課は、組織の序列として1番目なので、10ページ以上ある人事異動リストをスクロールする必要はなく、1ページ目で自分の異動の有無を確認することができた。
1ページ目に自分の名前は無かった。つまり人事異動は無く、4月からまた1年間企画調整課で仕事をすることが決まった瞬間でもあった。
自分の人事異動の有無に気を取られ、ほかの職員の異動状況が目に入っていなかった中、もう一人の部下の澤田が「林口係長、1ページ目の1番上の名前を見てください。」と小声で言った。
その名前を見た瞬間、パソコンの画面の照度が急に落ちたように錯覚した。
新:企画調整部長 越智降平(旧:防災部長)
それは、数日前に私を恫喝した越智降平が、私の直属の上司になる、という人事異動内示だった。
つづきます