市役所職員の人事を担当する総務部門のフロアは、ほかの部門とは異なる雰囲気を醸し出している。
人事課の職員は職場内のスパイのように日常的に職員を査定しているという話をよく耳にする。職員の人事や給料の査定を担当する人事課の職員は、さぞ多くの職員に恨まれていることだろうと、同情を覚えるのも事実だ。
人事課の事務室の奥に、ほかの職員のデスクより一まわり大きいデスクがあり、そこに鎮座するのが、多くの職員から恐れられている田外総務部長だ。
「失礼します。企画調整課の林口です。」と仁義をきり、人事課内に足を踏み入れ、田外部長のデスクの前に立った。「田外部長、失礼いたします。実は、部長に少しお伺いしたいことがあります。少々お時間よろしいでしょうか。」と切り出した。人事課の職員たちは、聞いて聞かぬふりといった様子である。
「ここではなんだから、廊下の突き当りで話をしよう。」と田外は応じた。
「林口くん、どうした。」と言いながら、すでに私の何かを探っているような目つきをしている。
「実は、越智部長からお聞きした話について、田外部長に確認したいことがありまして。」と言うと、田外の目つきが一瞬鋭さを増したように感じた。
「田外部長は、私が3月の市議会での市長の政策方針の業務担当をしていることはご存じとは思いますが、昨日、越智部長から大変なお叱りをいただいたんです。その話の流れで、私が自分の父親を市長にするために糸山市長の評判を落とそうとしているのではないかと恫喝され、そして、このことは田外部長も同意見であるというようなお話をされましたが、本当にそのような事実があるのでしょうか?」
田外は一瞬考え、「そうだな。たしかに越智部長とはそういう話をしたな。でもな、越智部長がずいぶん強い口調で同意を求めてきたので、その勢いに押されて越智部長の言うことに同意したということだ。」と、悪びれることもなく答えた。
「そうですか。少し驚いたというのが正直な気持ちです。私の仕事に対する正当なご批判であれば甘んじてお受けしますが、市議会議員である父のことを持ち出し、恫喝をされるということは到底受け入れることができません。」と田外に反省を促す意味もあり、自分の不快感をはっきり表した。
「あのな、林口くん。君が市議会議員の息子として見てもらえるのは、俺たちの年代までだ。俺たちが引退した後は、そういう目で見てくれる職員はいなくなるんだぞ。今後は、その辺のことをよく考えて仕事をしたほうがいいぞ。」と、まるで見当違いの言い分に内心あきれてしまい、しぶしぶ返事を返し田外との会話を終えた。
防災部長の越智、総務部長の田外、この2人は一体何を目的に、このタイミングで私の批判を始めたのだろうか。これまでに感じたことのない嫌な予感がする。
「こちらも何か行動を起こさなければならない。」と自分の耳に自分の声が響いた。
つづきます