論文をウィキのコピペで済ませようとする大学生が普通にいるという現実に、
呆然としてしまったことがあります。
小学校の道徳の授業が、
正しい(と先生が思っているor指導要領で決まってる)答えに導く感じで最後まとめられたのを参観して、
未来を憂いたことがあります。
正解が一つあって、
探せばどこかにあって、
問題解決とはその答えを探し出すこと。
そんな考え方がすごく嫌です。
というか怖い。
非現実的すぎると思うから。
その原因は学校教育や幼児教育、
さらに子育てにあると思っていて…
受験対策の勉強とか、
価値観を押しつける教育や子育てとか。
で、今日追加で思い付いたのが、
マークシート方式の試験。
これも結構悪影響かもと気付きました。
マークシート方式だと、
正解はたいがい一つで、
〇か×だけで△はなし。
でも現実って、
正解はたいがいいくつかあって、
△がいっぱいある。
〇や×だって、
時と場合で変わってくる。
課長には〇だったけど部長には×とか、
同じ人に昨日は〇と言われたのに今日は×と言われたとか、
逆にずっと×だったけどついに〇もらえた!とか。
×だと思ってたのに違う方から見たら〇だったとか、
△だったものが時を経て〇に変わったとか。
周りのみ~んなが〇だと言ったけどホントは×だったとか。
そういう感覚もちゃんと身につけて社会に送り出せるように、
教育も子育てもやらなきゃなと思うのです。
テストで△なんか付けたら、
「なんでうちの子の答えが△なんだ!」って怒鳴りこんでくる親とか出てきて大変かもしれないけど、
いずれ課長と部長で答え変わる社会に出るんだから、
先生によって答え変わるっていう経験があってもいいんじゃないかなぁ。
成績や学歴で将来が定まってしまうような世の中ではもうないんだし。
久しぶりのブログは、
お風呂の中で考えたこんなネタになりました。
教育には色々思うところがあるけど、
そこに娘を送り出すにあたって親はどう子育てしていけばいいかな~と考える、
1歳の誕生日をまもなく迎える今日この頃です。