私がサラリーマン人生の前半を過ごした染工場が、この9月末で歴史の幕を閉じます。
いま、それを機に町立歴史博物館で、「工場100年史」の展示コーナーが設けられています。
昨日その係の人から電話があり、「お話を聞かせて頂きたい事があって・・」と電話が入りました。
早速伺うと、復元された貴重なビデオ映像を見せて頂きながら、お話をしました。
私は、ちょうど工場敷地を半分に集約したり、社員をリストラしたりと、
工場の一番苦しかった時期に総務を担当していたので、当時の状況についていろいろ質問がありました。
天皇陛下用の応接室や楠木正成像はその後どうなったか?とかも聞かれましたが、
それらは私が工場集約時に最も腐心した事の一つで、先輩方から「残すべきだ!」と強い圧力があった事柄でした。
ただいずれも痛みが激しく、移設には耐えられないとの結論で、取り壊しを決断しました。
今回の展示を企画されたのは、染工場とはまったく関係のない近隣の方でして、
町内から歴史的な工場が消える事を大変残念に思っておられました。
今も残る古いレンガ倉庫を、町の文化遺産として残せないか考えていると言っておられました。
こんな風に考えられる人がいる事に、感謝と驚きと共に、当事者として恥ずかしさを感じて帰って来ました。